今大会の聖火点灯者をつとめた大阪なおみ、体操界に女王として君臨していた米国のシモーン・バイルス。きのうはテニスコートと体操競技場でこの2人のメンタルな闘いが、人知れず静かに展開された。大坂は完敗だった。世界中のファンを落胆させたことだろう。バイルスは跳躍の演技終了後に残りの演技を棄権した。米体操女子はロシアに次いで銀メダルにとどまった。2人とも今大会で結果を出せなかった。試合後両者とも「期待の重さ」を口にしている。「重圧に押しつぶされた」、これが一般的な受け止め方だろう。それ以上でも、それ以下でもない。だが、大事なのは結果ではない。5月の全仏でうつ病を公表した大坂。「自分の精神的な健康に集中した」と説明するバイルス。競技の陰に隠されれているメンタルな闘いのありかを、世界中のファンに示したのではないか。勝ち負けではないもう一つの闘いがあるような気がする。
シモーン・バイルス。2016年リオ五輪の女子体操個人総合優勝者。金メダル4個と銅メダル1個に輝いた体操の女王だ。東京大会の個人総合で金メダルをとれば1964年、68年と2連覇したあのチャフラフスカ以来のオリンピック連覇となるはずだった。だが、最初の競技となった跳馬の得点が13.766。決して低い得点ではないが、彼女の五輪種目の中では過去最低の得点とのこと。この結果をみて彼女は残りの演技を棄権する。米体操協会は「シモーンは医療上の問題から団体決勝から退いた」と声明を発表したが、それ以上の説明はなし。当人は試合後記者団に「悪魔と戦い、ここにきたようなものだ。プライドを捨て、チームのために棄権する必要があった」と説明している。おそらくリオ五輪以降メンタルのケアに苦しんできたのだろう。個人総合に出場するかどうか未定だが、出場しても満足な試合はできないだろう。
大坂は5月に全仏オープンを棄権して以来はじめての試合である。軽重に違いはあるが、うつ病は短期間に寛解することも完治することもない。この2カ月、聖火点灯の大役と金メダルの重圧に必死に耐えてきたのだと思う。その努力は大坂を好意的に見守るファンにも届かないだろう。唯一の救いは記者会見に応じたことだ。プレーヤーは試合後ミックスゾーン(報道陣エリア)を通ることを義務付けられている。違反者には約220万円の罰金が科される。最初大坂はこの義務を無視した。日刊スポーツによると土橋日本代表監督が説得、大坂はこれを受け入れた。規則では通過は義務付けられているが、インタビューに応じる義務はない。多分大坂はこの説明に納得したのだと思う。そして少しだがインタビューにも応じた。自分が信じられず、いまの自分に「納得」できないまま悩み続けるのがうつ病者の特徴である。土橋監督は「納得できる」正しい説明をした。それだけでもメンタルで苦しむアスリートにとっては朗報だろう。
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