財務省の事務方トップである矢野康治財務次官が11月号の月刊文藝春秋に投稿した記事が波紋を呼んでいる。タイトルは「財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』」である。書き出しから物議を醸しそうな投稿である。曰く「最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、やむにやまれぬ大和魂か、もうじっと黙っているわけにはいかない、ここで言うべきことを言わねば卑怯でさえあると思います」と。普段は水面下に潜って政治家に知恵をつけたり反対意見を説得したり、影武者でありながら政治家以上に影響力を持っている存在。それが官僚であり、その頂点に立っているのが財務省である。そのエリート官庁の事務次官による直筆の挑戦状である。政治情勢は総選挙を前にした与野党によるバラマキ合戦の真只中である。あえてそうしたのか、真意は定かではないがもろ政治家批判の直言。正直言って驚いた。以下はこの投稿に対する率直な印象である。
中身は財政論と官僚論の二本立てといったところか。このままでは日本の財政は破綻するという財務官僚の危機感で貫かれている。「あえて今の状況を喩えれば、タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなものです」と煽る。そして「この破滅的な衝突を避けるためには、『不都合な真実』を直視し、先送りすることなく、もっとも懸命なやり方で対処していかねばなりません」、それが「心あるモノ言う犬」の責務だと主張する。「モノ言う犬」とはあまりにも謙遜がすぎるが、個人的には官僚はもっと国民に向かって本心を曝け出してもいいのではないかと思っている。コロナ対策ですでに何10兆円という財政出動がなされている。コロナ患者を全く受け入れなかった病院にも、数億円の患者受け入れ補助金が支給されているとの報道もなされている。矢野次官が国家予算のバラマキを批判するのは当然のことだと思う。「不都合な真実」を曝け出す勇気は評価したいと思う。
だが、この投稿の内容は財務省が所管する歳入と歳出の差、いわゆる財政赤字しか問題にしていない。そういう点では極めて偏向している。一般の家庭に喩えれば給料や預貯金を無視して、住宅ローンの大きさだけを問題にしているようなものだ。日本国家を俯瞰してみれば確かに財政は大幅な赤字である。だが、その一方で企業は「内部留保が膨れ上がっており、預貯金残高259兆円(2020年度末)」に積み上がっている。個人金融資産は2000兆円に迫っているし、対外純資産残高は341兆円(30年度末)と世界一を誇っている。そんな中で景気が低迷し、国民一人当たりのGDPは毎年下がり続けている。貧困問題や格差拡大も深刻化する一方。多くの国民がなんとしろと政治家に求めている。自民党の高市政調会長は矢野氏の投稿について「小バカにした話」と、バラマキ批判を逆批判する。矢野氏が強調する日本の財政赤字は1166兆円。財務省の視点はどことなくピントがずれている気がするのだ。
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