ウクライナ政府は24日、北部にあるチェルノブイリ原子力発電所がロシア軍に占拠されたと発表した。チェルノブイリ原発は旧ソ連時代の1986年に史上最悪の原発事故を起こし、30キロ圏内などは今も立ち入り禁止区域になっている。なぜロシアは侵攻の早い段階でチェルノブイリ原発を狙ったのか。今後、放射性物質が広がる危険性はないのか。
ロシア軍は24日に禁止区域内に侵攻。応戦したウクライナの部隊を制圧し、全施設を掌握した。
米ホワイトハウスのサキ報道官は24日、「信頼できる情報」として、同原発でロシア軍が職員を人質に取っていると明らかにした。ウクライナのゼレンスキー大統領は24日、「わが国の軍隊は86年の悲劇が繰り返されないよう命をかけている。これは欧州全体に対する宣戦布告だ」と強く非難した。
ロシアの狙いは何か。欧米メディアの取材に応じた軍事専門家がそろって指摘するのは、チェルノブイリ原発周辺が戦略的な要衝であるという点だ。チェルノブイリは、ロシア軍が駐留しているベラルーシから10キロ程度しか離れておらず、ウクライナの首都キエフへ侵攻する最短のルート上にある。ウクライナのプリスタイコ駐英大使(前外相)は24日の記者会見で、チェルノブイリ原発に向けたロシア軍の侵攻ルートは、立ち入り禁止区域であるため国境警備の態勢が整っていなかったとの見方を示した。
チェルノブイリ原発では、事故で爆発した4号機をコンクリートで覆った「石棺」の老朽化が進む。放射性物質の外部への飛散を防ぐ目的で、2016年に石棺を丸ごと覆う鋼鉄製のシェルターが完成した。
国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は24日に発表した声明で「深刻な懸念」を表明。「平和目的の原子力施設に対する攻撃や脅威は、国連憲章、国際法、IAEA憲章の原則に違反する」とし、「最大限の自制」を呼びかけた。IAEAによると、現時点で同原発に関係する死傷者や破壊などの報告は受けていないという。
核問題に詳しい長崎大の鈴木達治郎教授は、チェルノブイリ原発が標的となるリスクについて「石棺の状態は悪く、建設時にミサイル攻撃や戦争を想定したとは考えにくい。シェルターも放射性物質の拡散を防ぐことが目的で、それほど頑丈に造られたものではないだろう。攻撃などがあれば最悪の場合、放射性物質が拡散する可能性はゼロではない」と指摘する。
ウクライナでは、チェルノブイリ以外にも国内4カ所で15基の原発が稼働する。鈴木氏は「誤射による損壊も考えられるし、電気が供給されなくなれば深刻な事故につながる恐れもある。原発を直接攻撃するとは考えにくいが、戦争地における原発の安全性確保は非常に難しいことが改めて露呈した」と話した。【八田浩輔】