素人の予想などどだい当てにならないが、ペロシ議長の台湾訪問をめぐるシナリオは米中間に存在しないようだ。中国が対抗策として打ち出した軍事訓練は大規模かつ中国側の強い意志を示すものだった。水面下で話し合いを続けているブリンケン国務長官は中国側に「冷静な対応」を呼びかけたほか、予定していた大陸間弾道ミサイル(ICBM)「ミニットマン3」の定期発射実験を延期すると発表するなど、予定外の事態にあわてている様子が窺える。驚いたのは中国軍がミサイルを発射したことだ。台湾国防部の発表によると11発が発射され台湾上空を通過、うち5発が日本の排他的経済水域(E E Z )に着水した。軍事訓練は台湾を取り囲むように6カ所の訓練海域が指定されている。これを中国側がわざわざ公表したことも異例なら、大陸からミサイルを発射したことも実践を思わせるような訓練ぶりだ。戦艦を派遣した米海軍はどう対応したのだろうか、それがわかる記事は見当たらない。

今回の軍事訓練の特徴は中国が訓練海域を6カ所指定し、これをわざわざ公表したことだ。ミサイルが発射され、一部が日本のE E Z に着水した。これに抗議した日本側に対して中国側は「両国は関連海域で境界を画定しておらず、演習区域に日本のE E Z が含まれるという見解は存在しない」と主張した。当事者である台湾は蔡総統が「演習は台湾海峡の現状を破壊し、われわれの主権を侵すだけでなく、インド太平洋地域に高度の緊張をもたらし、海運と空運の安全や国際貿易に空前の脅威となっている」(NHK)と強調、中国に厳しく自制を要求した。台湾国防部の発表によると台湾海峡で4日、中国軍の戦闘機延べ22機が中国と台湾の「中間線」を越えて台湾側の空域に進入した。NHKによると中国は最近「中間線」の存在を認めないという立場を公然と示すようになっており、「多数の戦闘機による連日の飛行によって『中間線』の消失を事実上ねらっているとみられます」と解説している。

ペロシ議長は4日深夜日本に到着した。5日には岸田首相や細田衆議院議長と会談する。ウクライナ戦争の最中にペロシ氏がわざわざ台湾を訪問した目的は依然としてよく分からない。だが同氏の訪問が中国側の「座視しない」対応を招いたことは間違いない。軍事部門を含め両国トップにとっては最初から想定内のことだろう。そんな中で繰り広げられる実践さながらの軍事訓練。米国や台湾にとってはこれに優る“教材”はないはずだ。そんなことは中国も百も承知だ。とすれば実践はこれとはまったく別の形で展開されるのだろう。B案は何か。かくして米中の駆け引きはとめどなく続く。プーチンのウクライナ侵攻を機に世界の潮流は完全に変わった。価値観を共有する西側陣営と強権立国を貫く独裁国家との覇権争いだ。3日からカンボジアで始まったASEAN外相会議。ロシアのラブロフ外相と各国外相との間に距離感があるようには見えない。覇権争いはここにも影を落としている。