岸田総理は24日、オンラインで行った記者会見で「コロナ陽性者の全数把握を見直す」と表明した。医師に課されている陽性者の全数報告義務を簡素化することで、医療逼迫の緩和をはかることが目的。だが、法律上の例外措置を実施する判断を自治体に委ねるなど、今回の方針変更は至るところに曖昧な部分が残っている。重症者や高齢者を除いた報告義務は緩和されるものの、全数報告義務は残っている。現場は判断に迷うだろう。重症者の線引きなど崩壊気味の医療現場に新しい混乱を招き入れかねない。感染症法の2類から5類への指定替えを回避し、最も重要な部分を自治体の判断に委ねるなど、官邸の責任回避と見られかねない。それにしても今回の決定は遅きに失した感がある。岸田総理につきまとう後手後手感、気迷い感、迷走感は如何ともしがたい。安倍・菅政権が批判されながらも実行した官邸主導はいまやみる影もない。
6次感染の頃から自治体の首長や専門家の間で2類から5類への指定替えを求める意見が強まっていた。6次から7次の間には相当の時間的余裕があった。この間岸田総理が指定替えについて検討を指示した気配はない。むしろ感染症の位置付けは「いま変える必要はない」と現状維持に固執してきた。法律が規定する全数報告義務は、陽性者の急激な拡大によって現実的には崩壊していた。というよりも無症状の陽性者は把握されておらず、陽性者の全数報告は法律上の要件すら整っていなかった。全数報告といえば聞こえはいいが実態はボロボロだった。にもかかわらず岸田総理は報告義務に固執してきた。結果的に医師は診療時間を削ってパソコンに張り付き、報告義務を果たさざるを得なくなっていた。医療現場での入力義務が医師の診療時間を奪っていたのである。どうしてこうした現実に官邸も役所も気がつかないのか。
全数把握を緩和する目的は診療時間の確保である。全数報告に固執するならせめて入力義務を医師から切り離すべきだ。入力要員の確保、経費は国が面倒を見ればいい。予算には潤沢な原資が計上されている。医療逼迫を回線する手は山ほどある。岸田総理ならびに厚労省の高級官僚は、そんな簡単なことにすら知恵が回らない。アベノマスクを推進した経産省の高級官僚と感覚は一緒だ。現場を見ることなく机上でコロナ対策を企画立案しているからだ。この日の会見では水際対策、新型原子炉の研究開発指示など、重要な政策の方針転換も含まれていた。いずれも突然の変更に見える。8月上旬に突然内閣改造に踏み切った時と同様、岸田総理はある日、突然の“政策変更”が多い。これは方針変更か。いや、突然の“豹変”でしかない。統一教会封じだったはずの内閣改造が、統一教会づくしで支持率を下げた。今回のコロナ対策、いろいろ盛り込んだが、結局は混乱に拍車をかけるだけのような気がする。