「ロシアには人々が意見を表明できる仕組みがない」
ロシア社会について独自の分析を続ける社会学者として知られるレフ・グドゥコフ氏は、いまのロシアの現状をそう語りました。
政権に批判的な姿勢を変えることなく、世論調査や分析を続けてきた独立系の世論調査機関「レバダセンター」で、所長を務めてきたグドゥコフ氏。
ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシア、そしてプーチン大統領をどう見ているのか。
話を聞きました。
(聞き手 モスクワ支局記者 禰津博人)
レバダセンター グドゥコフ氏とは
2003年に設立された「レバダセンター」で長く所長を務めてきたレフ・グドゥコフ氏。
「レバダセンター」は2016年、プーチン政権によって、いわゆる「外国のスパイ」を意味する「外国の代理人」に指定され、圧力を受けながらも独自の世論調査活動や分析を続けています。
2021年5月に所長を退任したあとも、研究部長としてロシア社会について独自の分析を続け、リベラルな論客として活動しています。
※以下、レフ・グドゥコフ氏の話
ロシア社会の現在地は?
戦争は、名目上はほぼ変化なく支持されており、ピークは2022年3月で、その後いくぶんか低下しましたが、およそ72%から75%になります。
一方で、特に2022年9月の動員宣言後、軍事活動の停止や交渉の開始を願う人が増え始めました。それまで戦争はバーチャルな、テレビの中での性格を帯びており、国民の大多数には影響していませんでしたが、動員のあと態度は変化しました。
8月には、48%の人が「勝利で終わるまで、ウクライナを完全に壊滅させるまで戦う必要がある」と主張し、44%が「もう停戦交渉を始めるときだ、戦争は長期化している、戦争の代償は高すぎる」と考えていましたが、10月以降には50%以上が軍事活動の停止に賛成し、戦争の継続に賛成した人は30%から40%台にとどまりました。
人々は戦争に疲れました。
いまのロシア社会の雰囲気は、不安、将来の不確実さ、そして恐怖です。
動員は招集された本人だけでなく、親の世代にも動揺をもたらし、国外に多くの人が逃れたことも、社会にある種の雰囲気を生み出しています。物価上昇や制裁など、ネガティブな感情も混ざり合っています。
戦争を支持する一方、交渉を願うのは矛盾では?
矛盾しているように感じるだけです。
ロシアは民主主義国ではありませんし、世論は体制が下す決定に何の影響力も持っていません。
体制はますます抑圧的になりつつあります。
ほとんど全面的な検閲が導入されました。ウクライナでの軍事活動の開始とともに、260以上の人気のある出版物、インターネットのポータルサイト、「モスクワのこだま」といったラジオ局、「ドーシチ」のようなテレビ局、ネットメディアの「メドゥーザ」などが閉鎖され、情報の真空状態が発生しました。
国民の大多数はここへのアクセスを失い、国営テレビからすべての情報を得ています。これは非常に攻撃的で、うそが多くデマに満ちた、非常に強力な全体主義的なプロパガンダの影響力を持つチャンネルです。
ロシア軍の活動を批判すること、これについて話すこと、そもそも「戦争」という単語に言及したり、民間人や軍人の損失に関するすべてに言及したりすることなどが禁止されています。情報管理を強化しているのです。
1万5000以上のウェブサイトが現時点で閉鎖され、名誉棄損などに関する刑事事件の訴追件数はブレジネフ時代の政治犯の人数にすでに近くなっています。
威嚇することで自分の意見を表明するなどの権利を失わせながら、国民、社会への弾圧を進めています。体制はただ強権的になりつつあるのではなく、独裁的になりつつあります。
社会の中に恐怖があります。そしてこれはすべての出来事への不満を率直に表現する可能性をまひさせている、非常に重要な要因です。
ソビエト時代の二重思考の技能はここに由来しています。自宅の台所でなら、罵ったり思っていることを話したりできます。ですが、公の場では人々は政権が彼らに期待している通りに行動するのです。
動員宣言後の変化は?
動員宣言後、実際に急激な不安、恐怖、憤りの感情が湧きましたが、それは、プーチン氏が宣言していた軍事的に最も強い超大国、超近代的兵器の保有国に関する神話が目の前で崩壊したからです。
ロシア軍がはるかに弱いはずのウクライナ軍をたたきつぶしたり、勝利したりすることができないということは、何かがおかしいということになります。プロパガンダがうそをついているのか、何か隠された問題があるということになります。そして人々はもう自分たちで考えを巡らせています。これは神話が崩壊しているのであり、実際に強力な軍事大国としての政権の正統性の土台が侵食されています。
ロシア人の半数以上は戦争の終結を望んでいます。
ウクライナでのロシア軍の破壊はあまりに大きく、損失の人数はロシア国防省が発表したよりはるかに多く、これは増える一方であるというおぼろげな理解があります。
人々の意識、記憶には、第1にソビエトのアフガニスタン侵攻とその敗北についての記憶が残っており、第2にチェチェンの記憶があります。2度のチェチェン紛争は不公平なものとして認識されました。
ウクライナでの軍事活動については、ロシア人全員がこれは3日間、あるいは3週間のことだと予想していました。そうはなりませんでした。
この戦争の規模と期間そのものが、戦争への強い疑いと、実際に戦争を望まない気持ちを生み出しています。戦争疲れ、恐怖、身近な人々を案じる気持ちや経済的影響を心配する気持ちを生み出しているのです。
戦争を始めるのは簡単ですが、これを終わらせるのは非常に困難です。
そして人々が推量している、戦争そのものの長さ、経済的影響、身近な人々が殺りくの場へ招集されることの危険性は、想像していた以上にはるかにひどく怖がらせています。
人々は戦争を望んでいませんし、そもそも自身の日和見主義と体制順応主義の下で、平和に暮らしたいと思っています。
今回、私たちは戦争に関する熱狂をまったく確認していません。これが2014年のクリミア併合の際にあったこととは異なります。クリミア併合は流血なしの素早い作戦でした。2022年3月にはこれを期待していたものの、うまくいきませんでした。戦争は長期化し、損失の規模は大きくなっていく一方です。
政権プロパガンダに変化か?
2022年1月ですら、37%がウクライナとの戦争が起きると考えており、さらに25%がその戦争はNATOとの対立に移行するだろうと考えていました。つまり、60%以上がこうなると予想しており、非常に恐れていたのです。
ただ、これが数日の、最大でも数週間の、時間的にも規模的にも局所的な特別軍事作戦になると宣言されたとき、これはいくぶんかの安心と支持をもたらしました。しかも、東部ドンバス地域のロシア語話者住民の保護、ウクライナ国家の非ナチ化など、政権が掲げた動機や目標は国民が理解できるものでした。
これはウクライナ人へのさまざまな共感や同情、親近感を一瞬で破壊し、彼らを非人間化し、支持を生み出しました。
しかし、いまはプロパガンダの方向性が変わっています。
今ではロシアが戦っているのはもうウクライナのナチズムではなく、集団的な西側諸国であり、この状況に耐えるようにとプーチン政権は呼びかけています。
脅威はまさにNATO、アメリカから生まれているとされ全体的な脅威となったことで、政権に対していくぶんかの忠誠心を持ち続けていなければなりません。
ウクライナとの戦争の責任は何よりもアメリカにあると考えている人は60%以上います。ウクライナが悪いと考えている人は17%のみです。ロシアだと考えているのはおよそ7%です。
制裁はどの程度影響している?
多くのロシア人は制裁を感じていません。
実際に制裁の影響を感じているのは国民のおよそ18%、最大で20%です。これは中産階級、あるいは上位中産階級と呼ばれる人たち、大都市の比較的裕福で教育水準が高く、市場経済により組み込まれている人たちです。
そういった人たちは、このプーチン氏の思惑がどのような影響をもたらすか、情報をより多く持ち、より理解しています。彼らは恐怖を感じています。
外国へ去った人々の大部分がまさにこうした人たちなのは偶然ではありません。IT専門家、金融業、学術研究員、大学の教員などです。
一方、大多数は貧しい生活をしています。農村や、農村での生活水準とあまり差のない小都市の住民です。
とても貧しい住民で彼らの生活は悪くなりましたが、物価が上昇しても彼らの意識の中では戦争や制裁と、自分たちの経済的、物質的状況の悪化は関係がありません。この関係は完全に断ち切られています。
反対派がおらず、情報空間は完全に管理されており、人々には耳を傾けることのできる権威ある意見がないので、起きていることを解釈できないのです。
プーチン氏の支持率は?
プーチン氏の支持率は非常に高いです。
2022年5月から6月にわずかに下落しましたが、最近の調査(※2022年11月)では79%が支持しています。これは非常に高い数字です。
ですが、この数字はプーチン氏には責任がないことを示しています。人々はプーチン氏を問題の責任者だとみなしていません。国家の象徴であり、西側の侵略に対応する指導者だと考えているのです。
この状態は全体主義的であると言えます。インターネット上ではファシズム、ロシアファシズムと言う人がますます増えています。
実際に国家機構の活動はますます明白になっており、国家が従来はその管轄に入っていなかった、科学、芸術、家族生活、道徳、宗教、文化、教育などの部門へと管理を拡大していることは事実です。
国家は全体主義的であることを自認しています。そしてまさにこれこそが全体主義です。
ロシアの中で現状を変えられるのは?
唯一の要因となるのは指導部内での公然とした衝突です。
ハイレベルの指導者の一部は疑いの余地なく、この戦争のとても重大な影響を理解しています。
経済、技術発展において、ロシアは20年後退し、これは元に戻りません。これは向こう数年で埋め合わせることができません。生活水準は低くなります。ですが、ロシアのエリートは国民の大多数の生活水準が低下しても生き延びるでしょう。
エリートはいま恐怖、そして抑圧によって支えられています。毎年、高官のおよそ2%が逮捕され、裁かれています。6、7年で平均2%です。つまり、ハイレベルの指導部のおよそ10%から15%が刑務所に入れられたということになります。
私たちは遅かれ早かれ、指導部内の公然とした衝突を目にするでしょう。
そうなれば世論が大衆の雰囲気を表現するチャンネルとなると思います。そうなって初めて、何かが変わるかもしれません。ただ、今はまだそうではありません。
2024年3月予定の大統領選挙の見通しは?
1年前であればプーチン氏が選挙に出ることには何の疑いもありませんでした。
そもそも、そのために憲法全体、憲法の手順全体が改正されました。そしてプーチン氏が選ばれることにも同じく疑いはありませんでした。
今はどうでしょうか。全てが軍事活動の結末次第です。
もしロシアが軍事的に敗北すれば、プーチン氏は立候補しない可能性が非常に高いです。そうなれば、そもそも彼の政治生命は甚だ疑わしいものとなり、不確かなものとなります。
プーチン氏の選挙基盤は高齢者、教育水準が低い層、農村部、貧しくて国家に依存している層です。より保守的な層です。
30歳以下の若者はかなり激しい反プーチン的な姿勢が特徴的です。
ですが、国民の人口構成で若者はとても少ないです。加えて、若者は政治に参加できると思っておらず、政治を望んでいませんし、責任を取りたくありません。若者が選挙に行くことははるかに少ないです。
ロシア社会はプーチンが戦争をやめるように働きかけられない?
私はできないと思います。なぜなら人々の意見を表明できる仕組みがないからです。
政党は疑似的、装飾的な性格を帯びています。主に、政権と一体化したクレムリン党で、集団の利益、人々の考えや意見を明確にするというよりも、むしろ社会の管理を行っています。
政治システムが機能していないために、メディアは全体主義的なプロパガンダの道具に変貌しています。
警察と、大統領直属の準軍事組織、国家親衛隊は戦争に反対するあらゆる演説を弾圧しているので、人々にはできることがありません。
人々は意見を表明することはできないと思っています。
この状況に対する責任を自ら負い、状況を変える用意のある社会勢力は見当たりません。 SNSでは反対派から涙や号泣、彼らの状態に対する苦情、プーチン氏の糾弾、罵倒や憎悪が見られますが、強力な反戦活動、反対派の活動の出現につながるような具体的なものは見られません。
私は2023年を非常に悲観的に見ています。
2002年入局 国際部 政治部 テヘラン支局
ワシントン支局 ウィーン支局などを経て現所属