米国のインフレは沈静化の兆しが見えたと思えば、これを打ち消すような経済統計に阻まれ、金利の再上昇機運が強まるなど一進一退の展開が続いている。そんな中で今朝のロイターに次のような記事が掲載されていた。「コラム:米CPI上昇、今度こそ『一過性』だと考えられる訳」とタイトルされている。「一過性」、何となく懐かしい言葉だ。思えば昨年の今頃、インフレ懸念に包まれていた米国でパウエルF R B議長をはじめ、バイデン政権の主要閣僚が軒並みこの言葉を使っていた。「インフレは一過性、年末には沈静化する」。この見通しが間違いだったことはその後の急激な政策金利の引き上げが証明している。米国の政策金利はあっという間に0%から4.25%に引き上げられた。この間、パウエル議長はハト派から、いまや最右翼のタカ派に転じている。
そのインフレにようやく沈静化の兆しが見えたと思ったら、1月の雇用統計で非農業部門の新規雇用者が51万人増と発表された。予想を大幅に上回る労働市場の堅調ぶり。同月のCPIも前月比0.5%上昇(12月は0.1%上昇)した。さらに昨日発表された1月の小売売上高も前月比で3%上昇して予想(1.8%上昇)を大きく上回った。こうなれば市場の雰囲気はインフレ再燃に揺れ戻る。そこに登場したのが「今度こそ『一過性』」の記事だ。「一過性」この言葉に引き込まれて記事を全文読んでみた。1月のCPI上昇に寄与したのは居住費。ところがこの数値は過去の実績を踏まえローリング方式で算出されるため遅延性がある。「よりタイムリーな指標は過去4カ月間で家賃が低下したことを示している」という。同様にガソリンや天然ガスなど燃料価格も指数に盛り込まれた数字は上昇しているが、「12月末から低下を続けている。食品価格高騰の最大要因も和らいでいる」とし、いずれも“一過性”と主張する。
悪い数字を目の間にした時、我々は習慣的に「これは一時的」と思い込む習性があるのではないか。最近、人間心理に働くバイアスに注目しているのだが、こうした反応も一種のバイアスかもしれない。そして悪い数字が恒常化すると今度はその数字が未来永劫続くような気がしてくる。こうなると今度は「一過性」が意味を持つようになる。4月に交代する黒田日銀総裁は頑なに「一過性」と言い続けている。これはこれで「一過性の思い込み」ではなく「一貫した思い込み」、バイアスというより信念だろう。インフレは本当に一過性なのか。ラガルドECB総裁は昨日、「現時点では賃金・物価スパイラルの明らかな兆候は出ていないが、明らかに発生する可能性があり、物価上昇の要因になる」と述べている。モノのインフレが賃金に波及すればコストプッシュ・インフレになる。一過性の問題ではなく、スパイラルな波及力の問題になる。
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