[ミラノ 29日 ロイター BREAKINGVIEWS] – トルコのエルドアン大統領が再選を決めたことで、世界中の指導者は強烈なメッセージを受け取った。「政治は健全な経済を押しのけてしまう」のだと。
今回の大統領選で、エルドアン氏が20年にわたる政権をさらに継続する流れが最初から決まっていたわけではない。同氏は28日の決選投票を経て、野党統一候補で経済学者のクルチダルオール氏にかろうじて勝利したのだ。公式の開票結果を見ると、エルドアン氏の得票率は52%で、同氏再選の是非を巡って国民がはっきりと分断された様子がうかがえる。
実際エルドアン氏の勝利によって、国民が長らく味わってきたさまざまな経済上の苦しみは悪化する公算が大きい。例えば4月の物価上昇率は44%に達した。これは中央銀行がインフレ抑制のために利上げするのをエルドアン氏がなかなか認めなかったことを含め、何年にもわたる経済政策運営の失敗に起因している。通貨リラも最安値圏にとどまり続けそうだ。既にリラの対ドル相場は年初来で6%下がり、過去10年間の下落率は90%を超える。
それでも有権者は、短期的な痛みがより突然やってくる事態には事実上ノーを突きつけたと言える。経済政策の正常化を掲げていたクルチダルオール氏が公約を実現し、政策修正に動けば、そうした痛みがもたらされたとみられるからだ。伝統的な財政運営理論に戻れば、金利は急激に跳ね上がり、景気後退(リセッション)に見舞われ、2月の大地震による深刻な被害が記憶に新しい国民や企業に大きな混乱が生じたことだろう。
一方トルコで経済金融面の混乱が長引けば、主要7カ国(G7)以外の同盟諸国にとっても問題が出てくる。リラ安進行により、トルコ政府の外貨建て債務返済がより困難になるが、同国の外貨建て債務比率自体は低い。西側の投資家がしばらく前から、トルコ投資を敬遠してきたからだ。ただ別の国々がトルコの資金需要を積極的に穴埋めする役割を果たしている。近年トルコはアラブ首長国連邦(UAE)、カタール、中国、韓国との間で約280億ドル規模の通貨スワップ協定を締結し、これが中銀と国内市場にかかる重圧を和らげる要素となりつつある。
エルドアン氏はまた、トルコが西側からは距離を置き続ける意向を示唆している。トルコは北大西洋条約機構(NATO)加盟国でありながら、ロシアのウクライナ侵攻後でさえもロシアとの関係を拡大。昨年11月時点でトルコの輸入原油の80%をロシア産が占める形になった。トルコはこれまでも世界の二大陣営の間を巧みに動く外交を展開してきたが、今後同国が構築する同盟関係はより予測不能になるだろう。
地政学が最も注目を集める時代において、トルコの大統領選結果はこれから選挙を迎える国の指導者に1つの警告を与えている。つまり健全な経済を唱えたからといって、選挙に勝てる保証はないのだ。
●背景となるニュース
*トルコで28日に行われた大統領選決選投票で現職のエルドアン氏が野党候補のクルチダルオール氏に勝利してさらに5年間、政権を運営する道筋を確保した。
*クルチダルオール氏は民主主義の再生とともに、超インフレと通貨安、生活費高騰に苦しんでいるトルコの経済を正常に戻すと公約していた。決選投票結果については「近年で最も不公正な選挙」と評したものの、正式な異議申し立てはしなかった。
*公式開票結果によると、エルドアン氏とクルチダルオール氏の得票率はそれぞれ52.1%と47.9%。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)