最近「金利のある世界」との表現をあちこちで見かける。アベノミクスの10年、黒田前日銀総裁が独善的に推進した異次元緩和が長かったせいで、「金利のある世界」が何となく異常な世界のような印象を受ける。だが、そうではない。「金利のある世界」が普通で、「ゼロ金利」に浸り切った日本人の感覚が異常なのである。とはいえ、異常が長引いた結果、日本人の多くは異常が「普通」で金利のある普通の世界を「異常」と感じてしまう。メディアや評論家、エコノミストが多用する「金利のある世界」という表現は、そんな日本人の異常感覚の修正を目論んでいるのだろう。前総裁の後を継いだ植田総裁は政策金利を引き上げ、日本の異常なゼロ金利政策を普通の「金利のある世界」に戻そうとしている。真っ当な判断だ。とはいえ、正常化への道は長くて険しい。果たしてゴールに辿り着くのか・・・

金融政策の正常化には多くの困難が伴う。例えば、金利を上げると景気が悪くなるとの思い込み。政策金利の引き上げは様々な要因に左右される。例えば物価の上昇。インフレを鎮圧するためには政策金利を引き上げ、経済活動を抑制するのが効果的だ。欧米が一昨年来推進してきた利上げがまさにこれだ。だが日本は基調的なデフレから依然として完全に脱却できていない。金利を引き上げるとデフレが再燃する、この恐怖が政治家や日銀幹部に染み込んでいる。植田総裁とてこうした感覚を無視できない。正常化への道は慎重にも慎重を期すしかない。3月に行った第一弾の政策変更に際しても、「基調的には金融緩和を続ける」と付け加えている。要するに利上げに伴う混乱を回避しながら正常化への道を模索せざるを得ないのである。金融政策の変更に常につきまとうジレンマである。

責任ある当局者にとっては当然の感覚だと思う。とはいえ、慎重であろうがなかろうが、利上げがマーケットに浸透するにはかなりの時間がかかる。日本総研のチーフエコノミストであり調査部長を兼務している石川智久氏によると「過去の政策の履歴効果が消えて、(利上げの)政策効果が徐々に顕在化するのに半年から2年ぐらいかかる」と指摘する。米国の利上げは開始から2年経ってようやく効果が出始めている。石川氏は「この期間を余裕」と考え「構造改革のスピードアップが必要」と説く。異次元緩和時代はゼロ金利に依存して構造改革が進まなかった。だからゾンビ企業もぬくぬくと存在できた。「金利のある世界」ではそうはいかない。例えば、放漫経営の企業は淘汰される。構造改革が進みやすくなる。「金利のある世界」は構造改革が当たり前の世界になるだろう。

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