高市総理のブレーンの一人である会田拓司氏の近著、「日本経済の勝算」(経営科学出版)を読んだ。平易な表現を使っており、読みやすい著書だ。個人的には、かねて考えていたことと重なっており理解しやすかった。何より日本経済の“勝算”というタイトルが気に入った。勝てる可能性が高いと著者は言いたいのだろう。だが、必ず勝てるわけではない。反対する人が多ければ勝てない可能性もある。そんなニュアンスが言外に込められている気がする。「責任ある積極財政」の理論書といってもいいが、いまの日本では積極財政といった途端に拒否反応を起こす人が圧倒的に多い。リベラル系の政治家、経済学者、評論家、オールドメディアにこの傾向が強い。この書を受け入れるには、発想の転換が必要だが、これが難しい。安倍元総理の二番煎じと思っている人が意外に多い。これも本質論を無視し、外形的な類似性だけで判断する日本人の特性かもしれない。そんな人に是非読んでもらいたい著書だ。
アベノミクスとサナエノミクスの違いも的確に書き込んである。三本の矢は同じでもアベノミクスは異次元緩和と称された金融緩和一本槍。サナエノミクスは財政、金融、成長戦略が相互に絡み合いながらミックスされている。私の知る限りこれほど統合された成長戦略はかつて日本になかったのではないか。強いてあげれば池田内閣による高度経済成長戦略に匹敵する政策論でもある。時代と環境は違えども、足元と将来を展望した包括的な経済政策である。わかりやすい表現を使っているとはいえ、たとえばこの書のキーワードである「ネット資金需要」を理解するのはそれほど簡単ではない。これがマイナスなら投資が活発化する世界であり、プラスになると預貯金として金融機関に保管されマネーの流動性が低下する世界になる。デフレ下の「失われた30年」は、企業のネット資金需要がプラスになっていた。その結果として内部留保が巨額に積み上がり、投資が必要最小限に落ち込んだのだ。ベアは抑制され賃金は内部留保に食われたといっていいだろう。
要するにこの30年間日本の為政者は、健全財政という間違った経済政策に執着してきたのだ。その犠牲になったのは国民だ。私が四の五の言うより著者の言葉(あとがき)を引用しよう。「2020年代に入り、日本経済を取り巻く環境は大きく変わりました。(略)日経平均株価は史上最高値を更新し、企業業績は好調です。30年ぶりに賃上げの動きも出てきました。しかし、同時に、多くの国民が『景気回復の実感がない』と感じています。物価は上がるのに賃金は追いつかない。(略)この乖離を解消する鍵は『高圧経済』の実現にあります。需給ギャップをプラス(需要超過)に維持し、労働市場を逼迫させることで、企業は賃金を引き上げざるを得なくなるなります。そして、その原動力となるのが官民連携の成長投資です」。そのためには発想の転換が必要だ。著者曰く「『国の借金が大変だ』『将来世代にツケを回すな』ーこうした主張は、(略)多くが事実に基づいていません」と。私は「失われた30年」は失政の結果だったと思う。要するに日本をリードするエリートたちが皆間違ってきたのだ。過ちを正すに憚ることはない。