成長と分配を推進する税制論議がはじまった。政府・与党の税制調査会は来年度の予算編成に向けて税制大綱をまとめるが、最大の焦点は「賃上げ税制」の見直しだ。けさの読売新聞(オンライン)には、「政府・与党は2022年度税制改正で、(賃上げで大企業が優遇を受ける条件を)新規、非正規を含む従業員の給与総額の増額を条件とする検討に入った。賃上げが幅広く浸透する効果を期待する」とある。同紙によると賃上げ優遇税制は今年の4月にスタートしている。大企業の場合は新卒や中途採用など、新たに雇った従業員の給与に限定している。中小企業はすべての従業員が対象だが、給与総額を1・5%以上増やした場合に限り適用される。適用内容も細かく規定されている。岸田首相が提唱する「新たな分配政策」とは、こうした細かい数値基準の見直しが眼目になるようだ。それで新しい資本主義への道が開かれるのだろうか、何となく心配になる。
10月に実施された総選挙の前に財務省の矢野次官が月刊誌で、政治家による予算のバラマキを批判する論文を発表した。この論文を読んで感じたのは「財政健全化」を錦の御旗とする同次官の財政至上主義の異常さだ。「失われた30年」を経て日本の潜在成長率はマイナスに転落し、一人当たりGDPはOECD加盟国の中で26番目に沈没した。少子高齢化に伴う社会保障負担の増大は、年金掛金の引き上げや医療費の小刻みな国民への転嫁で賄い、なお足りない分を消費税の引き上げで補った。国力が低下するというのはこういうことだ。足りない分を国民に押し付けたのである。その一方で企業の内部留保は急増し、金持ちを中心として個人の金融資産は激増した。日本の海外純資産はいまもって世界第1位である。あるところにカネはある。岸田首相が提唱する成長と分配の見直しは、こうした現実の変革でなければならないはずだ。
期待外れだった。それを象徴するのは「1億円の壁」だが、こちらは早々と先送りを決めている。賃上げの推進は税制の細目の見直しで済まそうというのだろう。なにをもって新しい資本主義というのだろうか。折から野党第1党の代表選挙が実施されているが、争点は統一候補の是非論ばかり。立憲共産党と揶揄される世間の批判に真っ向から反論する気骨のある候補者は見当たらない。問題は平和国家を裏付けてきた日本の経済力が落ちていることだ。成長至上主義批判は、国力と同義語といっても差し支えない経済力の減退を容認するロジックがなければならない。個人的には日本に欠落している最大のものは「投資」だと思う。設備投資だけではない。人的投資が圧倒的に足りないのだ。賃上げを「分配」とみると政府・与党の税制改正論議のようにチマチマっとしたものになる。賃上げは分配ではなく社員への投資とみるべきだ。これから先、投資なくして成長も国力もない。
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