中国政府は、米メタ・プラットフォームズによるAI新興企業「マナス(Manus)」の買収阻止に動いた。取引自体は4カ月前に成立していたが、米中首脳会談を数週間後に控えたこのタイミングでの決定は、ベンチャーキャピタル(VC)業界に大きな衝撃を与えている。

2025年3月に創業したマナスは、「人間の思考を行動に変える」汎用AIエージェントを世界で初めて開発したと主張する企業だ。今回の買収阻止のニュースは、中国政府が抱える深刻なジレンマを浮き彫りにした。現在、米国ではアンソロピック(Anthropic)などの新製品が労働市場を激変させるとの懸念が現実味を帯びているが、AIの進化が「人間の仕事を奪う」という脅威は、14億の人口を抱え、若者の失業率が高止まりしている中国にとってより切実な問題だからだ。

今回の決定が首脳会談に向けた政治的カードなのかは定かではない。しかし、確かなのは「国家の投資で育った技術が、米国に買収されることで中国国内への恩恵を失う」ことへの強い拒否感だ。仮に上場したとしても、利益を得るのは経営者や初期投資家などの一握りの富裕層のみ。これは習主席が掲げる「共同富裕」の理念に真っ向から反する。

Bloombergの指摘によれば、マナスの最高経営責任者(CEO)である肖弘(シャオ・ホン)氏は、中国のSTEM((科学・技術・工学・数学)教育が生んだエリートであり、武漢の華中科技大学でソフトウエア工学を学んでいる。習主席にとって、「国家の人的投資が、結果として米国を利する」という構図は、到底容認できないものだったのだろう。

ここで一つの疑問が生じる。なぜ人間から仕事を奪いかねないAI開発を、これほどまでに強烈に推進するのか。

その根底にあるのは、政治指導者特有の「他国より優位に立ちたい」という本能的な軍事・経済競争の意識だろう。あるいは、人類そのものに刻まれた科学技術への探求心かもしれない。翻って日本を見れば、長らく続いた新自由主義やグローバリズムから脱却し、官民一体となった巨大投資へと舵を切り始めている。ようやく世界に追随し始めた形だが、投資の先駆者である中国は今、民間企業の「離反」という形でジレンマに直面している。

かつてシュンペーターは、マルクスの言をなぞりつつ「資本主義は、その成功(科学技術の進歩)によって滅びる」と予言した。マナス問題が提起しているのは、人類の進歩が不可避的に孕む矛盾そのものだ。このジレンマを解消できない限り、資本主義であれ社会主義であれ、そのシステムは限界を迎えるのかもしれない。