このニュースを見て、度肝を抜かれた。グリーンランドを巡って、米国とデンマーク、グリーンランドの3者が合意に達したというのだ。最初の印象は「またトランプが大ボラを吹いている」というものだった。ところが調べてみると、どうやら本物らしい。今週、各国首脳が参加して開かれる国連総会に合わせ、3者が合意文書に署名する予定だという。
トランプ大統領は18日(日本時間19日)、「米国がデンマーク、グリーンランドと、安全保障などについて合意に達した」とソーシャルメディア「Truth Social(トゥルース・ソーシャル)」で発表した。これを見た時の最初の印象は、「またトランプが大ボラを吹いている」という程度のものだった。だが、調べてみると、少なくとも米国、デンマーク、グリーンランドの3者が安全保障に関する合意に達し、署名を予定していることは確認できた。ただし、合意文書の全文はまだ公開されておらず、具体的な内容には不明な点も多い。
ロイターが18日付で配信した記事は、「米・デンマーク、グリーンランド巡り合意 軍事プレゼンス拡大へ」と報じている。これによると、合意は米国がグリーンランドで軍事的プレゼンスを拡大する一方、ロシアや中国などNATO非加盟国が同地に軍事基地を設けたり、重要分野に投資したりすることを制限する内容だという。
グリーンランドを巡ってトランプ氏は、第1次政権時代の2019年に「グリーンランド購入論」を打ち出した。当時は世界中が驚き、実現性のない構想と受け止められた。ところが、2025年1月に大統領に復帰すると、この構想が再び脚光を浴びる。これに対し、デンマークのメッテ・フレデリクセン首相は、「グリーンランドは売り物ではない」と強く反発した。
その後、トランプ氏はデンマークなど欧州諸国への追加関税を示唆するなど圧力を強め、さらにグリーンランドを軍事力によって取得する可能性にも言及した。領有を巡る関係者の発言は過激化し、米国とデンマーク、グリーンランドの溝は深まる一方だった。このころからメディアの報道も減り、グリーンランド問題は立ち消えになったかのように見えた。
そんな中で、突然というか、唐突に「合意」が発表された。しかし実際には、水面下で米国、デンマーク、グリーンランドの3者による安全保障協議が、紆余曲折を経ながら続いていた。デンマーク政府によれば、3者の高級作業部会は今年1月に設置され、8カ月以上にわたって協議を続けてきたという。この経緯をたどると、この問題に対する米国の並々ならぬ関心と、デンマーク、グリーンランド側の主権を守りながら米国の安全保障上の要求を受け入れるという交渉の構図が浮かび上がってくる。
結論を言えば、トランプ氏の悲願ともいうべき「領土の獲得」から一歩引き、対ロシア、対中国を意識した安全保障強化へ方向転換したのだ。デンマーク王国とグリーンランドの主権を維持したまま、北極圏の安全保障における米国の軍事的関与を大幅に強化する枠組みができつつある。
これにより、トランプ氏が主張している「ドンロー主義(Donroe Doctrine)」が動き出す可能性がある。「ドンロー」はトランプ氏の名前と、米国が西半球への域外国の介入を排除しようとしてきた「モンロー主義」を組み合わせた造語だ。グリーンランドを米国領にするのではなく、北極圏における米国の安全保障上の優位を確保する今回の合意は、その具体化の一つと見ることができる。
まだ不明な点は山ほどある。とりあえず、今回の合意を推進したキーパーソンを探してみた。
米国側では、トランプ大統領、マルコ・ルビオ国務長官、そしてルビオ氏の側近だったマイケル・ニーダム大統領補佐官兼国家安全保障担当副補佐官らの名前が挙がる。とりわけ注目されるのがニーダム氏だ。ニーダム氏はルビオ氏の長年の側近で、国務省顧問を務めた後、今年5月にホワイトハウスの国家安全保障担当副補佐官に昇格した。ロイターなどによれば、グリーンランド問題にも関与してきた人物だ。
デンマーク側では、メッテ・フレデリクセン首相に加え、ラース・ロッケ・ラスムセン外相らが交渉に関与してきた。グリーンランド側では、ジェンス=フレデリク・ニールセン自治政府首相と、ムーテ・B・エーゲデ外務担当大臣らが中心となっている。特にエーゲデ氏は、グリーンランドの「レッドライン」、すなわち主権と自己決定権が今回の合意で認められていると説明している。
今回の合意は、デンマークとグリーンランドが領土と主権を維持したまま、北極圏の安全保障における米国の関与を大幅に強化する点に歴史的な意味がある。グリーンランドが将来、デンマークから独立した場合でも、米国の安全保障上の権利を維持する方向で協議されているとされる。また、ロシアや中国などNATO非加盟国による軍事基地の設置や重要分野への投資を制限する仕組みも盛り込まれる見通しだ。
これは、トランプ氏が主張する「ドンロー主義」の一里塚になるのだろうか。領土を直接獲得するのではなく、米国の安全保障上の利益を確保することで、北極圏におけるロシア、中国の影響力拡大を阻止する。グリーンランドを巡る米国の戦略転換は、トランプ外交を読み解くうえで重要な試金石になる。
プーチンのロシア、習近平の中国に対し、トランプ米国はどのような対抗手段を構築するのか。グリーンランド合意は、その第一歩なのかもしれない。