10月に入って値上げラッシュが続いている。主要メディア(テレビ局も含む)のニュースを見ていると、連日のように各種商品の値上げが報じられている。一方、インフレ対策として緊急的な賃上げを実施するといった企業ニュースはほとんど聞こえてこない。これでは日本経済の先行きはお先真っ暗だ。積極財政など屁でもない――。そんな雰囲気に日本列島全体が覆われている。だからあえて、「ちょっと待て」と言いたくなる。
庶民の実感として、暮らしが厳しくなっていることは間違いない。政府が物価高対策として実施してきた電気・ガス料金への支援は9月使用分で終了し、10月使用分からはなくなる。これに伴い、家計のやりくりは一段と厳しくなる。
5日には臨時国会が始まる。飲食料品にかかる消費税率の引き下げが大きなテーマとなる。だが、野党の一部にはこれに対する反対論もある。では、どうするのか。対案を出してほしい。そう言いたくなる。
問題は、コストアップに伴う各種商品の値上げ→物価の上昇→賃上げ→消費の拡大→経済の好循環という流れが、何らかの原因で想定通りに機能していないことだ。各国によって事情は異なるとはいえ、物価上昇と賃金上昇をいかに持続的な経済成長につなげるかは、多くの国の政府に突きつけられている課題である。同時に、これは難題中の難題でもある。
日本でも、ようやく値上げが実施できるようになってきた。「失われた30年」の間、企業にとって値上げは一種のタブーだった。このタブー感は、この間の急激なインフレによって薄れつつある。これは一歩前進だろう。
問題は、その後に続く賃上げだ。
一般的には、物価上昇に見合う賃上げが十分に進んでいないと受け止められている。ところが、日本銀行が5月15日に公表した「さくらレポート」別冊には、興味深い記述がある。
「原材料費の上昇分だけでなく、人件費等の上昇分を販売価格に転嫁する価格改定の動きが着実に広がっている」
これは意外に重要な指摘だ。企業は原材料費だけでなく、人件費の上昇分も販売価格に転嫁し始めているというのだ。方向としては正しい対応というべきだろう。この考え方が定着し、価格転嫁によって確保した原資が持続的な賃上げにつながれば、国民の実質賃金を押し上げる力になる。実効性のあるインフレ対策として極めて重要だ。
厚生労働省の毎月勤労統計によると、7月の実質賃金は7カ月連続のプラスとなった。2022年度から2025年度まで4年連続で実質賃金がマイナスだった状況からは、明らかに変化がみられる。結構なことだ。
ただし、これで問題が解決したわけではない。物価上昇率そのものが以前より落ち着いていることに加え、政府によるエネルギー価格対策などの影響もある。人件費上昇分を十分に商品価格へ転嫁し、それを原資に物価上昇を上回る賃上げを実現するという仕組みが、日本経済全体に浸透したわけではない。ここが問題なのだ。
どうしてこうなるのか。
Yahoo!ニュース(9月11日付)には、「世間の平均値と、わが家のリアルな家計状況には大きなズレがある、というお悩みを耳にすることがあります」とのフィナンシャルアドバイザーの指摘が掲載されている。
給与やボーナスといった収入の増え方には、勤めている業界や企業規模、働き方などによって大きな格差がある。実質賃金が統計上プラスになっても、それだけで所得の偏在が解消するわけではない。
企業側にも課題が残る。値上げによってコスト上昇分を100%カバーできているわけではないのだ。
帝国データバンクの「価格転嫁に関する実態調査」(2026年7月)によると、コスト上昇分に対する価格転嫁率は全体で39.9%だった。
個別のコストを見ると、
・原材料費 47.3%
・物流費 34.5%
・人件費 32.0%
・エネルギーコスト 29.6%
となっている。
人件費の上昇分を販売価格に転嫁できた割合は、平均32.0%にすぎない。企業もコスト上昇分を100%価格に転嫁できているわけではないのだ。人件費だけを見ても、上昇分の3分の1程度しか価格に反映できていない。これでは企業が十分な賃上げ原資を確保することは難しく、今も続くインフレに多くの国民が対応できないのも当然だ。
企業の価格転嫁には、競合他社との関係も絡んでくる。コスト上昇分を100%上乗せして価格を設定すれば、価格競争力を失い、競合他社に顧客を奪われる懸念がある。経営者が商品の値上げに慎重になるのも無理はない。
かくして、物価上昇を上回る賃上げは「空念仏」となり、中小企業や家計がインフレに押しつぶされることになる。
こうした複雑に絡み合う実体経済の中で消費を拡大するためには、大胆な減税政策に打って出るしかない。緩やかなインフレが続く限り、財源ばかりを気にしていては前に進まない。財政より国民生活を優先する。その結果、消費が拡大し、企業収益や所得が増えれば、最終的には財政の健全化にもつながる。
発想を大胆に転換しない限り、インフレには対抗できない。