
[東京 27日] – 国際通貨基金(IMF)の「国際金融安定報告書(GFSR)」が10月中旬に公表された。第1章は「金融市場に対する3つの顕著なリスク」と銘打たれ、1)人工知能(AI)主導の調整、2)国債利回りの急騰、3)サイバー攻撃による脅威の3点が挙げられた。いずれも看過できないが、最近大きな関心を集め続けているのが1)の論点だろう。
確認するまでもなく、AIをテーマとした関連投資は近年の世界経済および金融市場を支える重要な原動力となってきた。データセンター、半導体、および関連インフラへの支出は、実体経済の好不調を左右するに至っており、米4─6月期国内総生産(GDP)では米国内におけるデータセンター投資が民間住宅投資を史上初めて上回るという動きが大きく取り沙汰されたばかりだ。イラン攻撃後の下押し圧力を相殺してもなお、世界経済が堅調を保っている主因の1つがAI関連投資であることに疑いはなく、AI依存の成長経路と言って差し支えない。
後述するように、AI関連投資を支えている諸要因は決して頑健とは言えず、薄氷の上に投資が蓄積されているような状況だ。以下、GFSRが注意を払っている論点を整理する。
<3者によるレバレッジ取引>
AI投資は事実としてGDP統計に象徴される実体経済指標をけん引しているものの、中国発のAIなどが示唆するように、より低い投資水準でも同等のAI能力を実現可能であることを示す証拠が増えつつあるため、「投資額の大きさ」がそのままネガティブな材料として受け止められやすい。今年7月の「アルファベット・ショック」も決算の仕上がりではなく、同社による設備投資計画が従来予想からさらに引き上げられ、2027年もさらなる高水準が続く見通しを示したことを懸念した動きであった。莫大な設備投資負担により四半期ベースのフリーキャッシュフローがマイナスに転落するなど、潤沢なキャッシュ創出力を持つハイパースケーラー(大規模クラウド事業者)ですらキャッシュ不足に陥り、社債発行や借入への依存度が高まっている実態が表面化したことで「AIインフラの需要はあるが、それがいつ、どれほどの利益率(マージン)として還元されるのか」という問題意識が注目されやすくなっているのである。
AI投資巻き戻しに伴うショックの大きさはレバレッジに依存するが、GFSRは3つのレバレッジ源を指摘している。具体的には、1)ハイパースケーラーによる社債調達、2)ヘッジファンドによる信用取引(マージンローン)、3)個人投資家によるレバレッジ型上場投資信託(ETF)への投資、である。要するに、企業、機関投資家、個人投資家の3者によるレバレッジ取引がAIという単一テーマに集中投下されている現状であり、当然、これが巻き戻される時も集中的な離散が起きることは目に見えているという指摘だ。
1)に関しては、24年以降、世界の投資適格社債の発行額に占めるハイパースケーラーのシェアが1%未満から10%へと10倍以上に膨らんでいる。
もちろん、本業から潤沢なキャッシュが創造されている以上、大きな問題にはならなかったわけだが、負債コストが増大する中、その持続可能性には疑義が生じる状況にある。2)に関しては、同じく24年以降、ヘッジファンドのグロス株式ポジションと信用取引借入の合計が先進国GDPの10%から約15%へと拡大しており、これはAI関連株に対するレバレッジポジションの増加を反映している。最後の3)に関し、やはり同じ期間中にレバレッジ型ETFに占める単一銘柄の割合は、16%から28%へと上昇している。これは機関投資家同様、個人投資家もそれらのファンドを利用してAI株への集中投資を進めた結果である。
こうした現状を総括すると、事業法人であるハイパースケーラーの投資計画に機関・個人双方の投機的な行動が群がっている構図であり、計画が頓挫すれば実体経済・金融市場の双方が同時に大きなショックを被るという展開が視野に入る。
<循環投資の危うさ>
GFSRはAI投資が内包するもう1つの危うい論点として循環投資を挙げている。23年以降に公表された14件の取引に関し、ハイパースケーラー主導で行われた財務基盤が脆弱なAI企業(スタートアップ)に対する資金拠出は総額約3000億ドルの株式投資と、それを補完する6500億ドルの負債提供だったとGFSRは指摘。それと引き換えに自社(ハイパースケーラー)のサービスや半導体の発注を通じた約1.4兆ドル相当の売上コミットメント(収益保証)を要求したと記している。つまり、「金を貸してやるから、ウチで発注しろ」という取引がAI業界で重層的に実施されており、エコシステムのように根付いている状況である。
拠出総額(約9500億ドル)を上回る約1.4兆ドルもの将来売上(クラウドコンピュート利用料や半導体購入)が紐付けられている状況を踏まえると、ハイパースケーラー側のトップライン(売上高)の成長ストーリーがこのコミットメントに依存している状況が透ける。上述した3者によるレバレッジとは別次元で、AI企業同士でレバレッジを掛け合っている状況といえる。必然の帰結として、資金拠出先のAI企業の経営が悪化すればハイパースケーラーの行った資金拠出も、売上コミットメントも消失する。その際には3者によるレバレッジ巻き戻しも同時発生しているはずなので、金融市場は激しい調整に直面するはずである。こうしたAI業界に構築されているエコシステムにまつわるリスクをGFSRは「逆方向リスク(Wrong-Way Risk)」と表現している。
<日本も逆資産効果を恐れる時>
最後に、そうしたAI相場の調整が及ぶ範囲をどう考えるかという視点も重要になる。AI投資が集中する米国が震源地になるとしても、ショックに対する感応度は国・地域によって異なる。GFSRは、世界的なAI株式リターンに対して高いベータ値(感応度)を備えている国・地域としてアジアの先進国株式市場に着目しており、大きい順に韓国、台湾そして日本を挙げている。対照的に、ユーロ圏や英国は(大半の新興市場国と同様に)感応度が小さい。もっとも、「小さい」と言っても、相対的な議論であり、22年から26年にかけて急増した米国株の保有を踏まえれば、AI相場の調整から完全に逃れることは難しいだろう。
しかし、折あしくも、日本では「貯蓄から投資」が着実に進んでおり、26年6月末時点で国内外の株式・投資信託などのリスク性資産は家計金融資産の約3割をも占める。かつて、米国経済の資産効果が注目される局面ではやはり3割程度の株式保有比率であったため、大きな株価調整を経て逆資産効果を通じ、金融市場のショックが実体経済に波及する可能性は高まっている可能性がある。
とにもかくにも、GFSRは現在のAIブームが不安定なレバレッジ構造の上に成り立っている点に警鐘を鳴らしている。現状のペースで資金調達が膨らみ続けることは難しいはずであり、決算などを契機に、どこかで期待利回りの修正が可視化され、株式・社債・プライベートクレジットなどを巻き込んだ複合的な市場調整が起きる懸念はある。日本も決して無関係な立ち位置にはなく、むしろ国際的に見れば、株価調整の余波を大きく受けそうな事実はこれを機に把握しておきたいリスクだ。
なお、株価の大崩れと共に実体経済が減速を強いられ、米連邦準備理事会(FRB)の政策運営も利上げ打ち止め(ひいては金利引き下げ)方向に動くとすれば、それは予想外の円高シナリオに直結しかねないことも留意しておきたい。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。08年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「弱い円の正体 仮面の黒字国・日本」(日経BP社、24年7月)、「『強い円』はどこへ行ったのか」(日経BP社、22年9月)など。新聞・TVなどメディア出演多数。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。