なかなか終わりが見えないウクライナ情勢。

ウクライナにとっての「最悪のシナリオは長期にわたる消耗戦に陥ること」と指摘する人がいます。
アメリカのオバマ政権時に国防長官やCIA長官を務めた、レオン・パネッタ氏です。

アメリカの国防政策の中枢を担ってきたパネッタ氏がこれまでのウクライナ情勢をどう見てきたのか。
研究所を置くカリフォルニア州立大学モントレーベイ校でインタビューしました。
(聞き手:ワシントン支局長 高木優)

ロシアがウクライナに侵攻した背景は?

アメリカ パネッタ元国防長官(右)

以下、パネッタ氏の話
プーチン大統領が、ここ数年の間に、アメリカとその同盟国の弱体化を嗅ぎ取ったことに疑いの余地はありません。プーチン氏は弱い者いじめをする乱暴者であり、他者の弱みを利用します。

プーチン氏がクリミア侵攻やシリア、リビアへの介入、そしてアメリカとその選挙システムへの大胆なサイバー攻撃といった攻撃的な行動に向かった背景にあるのは、「アメリカとその同盟国は弱い」という認識だったと私は見ています。

なぜなら彼は一度も、その代償を支払わされてこなかったからです。

ロシア プーチン大統領

そして、プーチン氏がウクライナへの侵略をもくろんでいた時、バイデン大統領がアフガニスタンからの軍の撤退によって求心力を低下させ、アメリカの信頼度への評価が、同盟国内でも割れていることをプーチン氏は目の当たりにしました。

ですから、「アメリカは弱い」という認識に基づいて、プーチン氏はウクライナへの侵攻に踏み切ったのです。

NATO首脳会議(ブリュッセル・2022年3月24日)

ただ、彼が予期していなかったのは、アメリカとNATOの加盟国が長い歴史の中で初めて、結束したことです。

そして、侵攻に踏み切れば、ロシアが高い代償を支払うことになることをしっかりと明確に示したことです。

アメリカにもっとできることはなかったのか?

プーチン氏を変える手だてがあったのかどうかは分かりません。

元CIA長官として言及しなければならないのは、プーチン氏にまつわる基礎情報は、すべて彼がKGB(旧ソビエトの情報機関)の要員だったということから始まるということです。

旧ソビエトのKGB本部(モスクワ・1981年撮影)

彼のアメリカやそのほかの世界に対する見方は、スパイとしてのものの見方です。

プーチン氏は常に、アメリカはロシアの安全保障を脅かす存在だと見てきましたし、常にアメリカの安全保障と、私たちの民主主義を傷つけることに身をささげてきました。それがプーチン氏なのです。

プーチン大統領はなぜこうも軍事力に頼るのか?

プーチン氏は弱い者をいじめる暴君です。ヒトラーと同じです。

ヒトラーは当時、チェコスロバキアやフランスに侵攻し、ヨーロッパを征服しようとしたわけですが、それも軍事力によってでした。ヒトラーが唯一、重く受け止めたのは、自分自身に対して向けられた軍事力でした。

だからアメリカと同盟国は一致して対抗し、ナチスが世界を征服することなど許さないことを明確に示しました。

ナチス・ドイツの指導者 ヒトラー(中央)

同じメッセージをプーチン氏にも送らなければなりません。

彼は容赦なく主権国家を侵略し、残忍なやり方で無実の住民や子どもたちを殺りくしましたが、そのような戦争には勝つことなどできないというメッセージを送るのです。こうした意味で、ウクライナでの戦争は重要な意味を持つのです。

民主主義陣営に問われることは?

ウクライナでの戦争は、転換点となる戦争です。なぜなら、ウクライナで起きていることは、21世紀の民主主義に何が起こり得るかについて、多くのことを示唆するからです。

ウクライナは主権を有する独立した民主主義国家であり、ウクライナの人々は民主主義の下で生きる決断をしました。

砲撃から逃げる人々(ウクライナ イルピン・2022年3月)

プーチン氏の考え方は、市民には、統治の形態を選択する権利などないというものです。ですから、ウクライナでの戦争はまさに民主主義と専制主義の戦いなのです。

アメリカとその同盟国が強く結束し続け、ウクライナを支援し、プーチン氏のウクライナを占領するという目標を最終的に打ち砕くことができれば、ロシアだけでなく、中国、北朝鮮、イランなどに対して、「民主主義陣営は結束して専制主義に対抗していくのだ」という重要なメッセージになるのです。

ウクライナでの戦争はこれからどうなる?

アメリカと同盟国が強く結束してウクライナを支援し続けることが非常に重要です。

私たちはすでにロシアに強力な経済制裁を科し、ロシアの外貨建て国債は1918年以来の債務不履行に陥りました。いま、ロシア経済は打撃を受けているのです。

ワルシャワで演説する アメリカ バイデン大統領(2022年3月)

もう1つ重要なのは、ウクライナにとって必要な武器の提供を続けることです。それも高性能な武器、特にロシアのミサイルを撃ち落としたり、発射拠点を叩いたりすることができるシステムの提供です。

高機動ロケット砲システム「ハイマース」

無人機や弾薬の供給も必要です。

いま起こりうる最悪のシナリオは、この戦争が長期にわたる消耗戦に陥ることです。なぜならそれはまさにプーチン氏がもくろんでいることだからです。

プーチン氏は、アメリカとその同盟国の力を時間をかけて弱らせようとしています。そうなるのを許してはならないのです。

私たちは強く、結束していなければならず、ウクライナがロシアを確実に押し戻せるよう、必要なあらゆる対策を講じるべきなのです。それこそが今まさにやらねばならない最も重要なことです。

日本などがいま取り組むべきことは?

ウクライナで起きたこと、そしてアメリカとNATOが協力してロシアに対抗したことから得られた教訓は、アメリカが日本や韓国、オーストラリア、インド、そしてASEANなどと協力して、太平洋地域にNATOのような枠組みを作り出さなければならないということです。そのことが、中国に対する非常に強力なメッセージになるのです。

そうすれば、中国はもはや、南シナ海や台湾で、自分たちがやりたいようにやることはできなくなります。

中国が世界の一部を自分たちの思いのままにできなくなれば、中国経済の成功は、究極的にはアメリカやその同盟国などと協力して、太平洋に平和と繁栄がもたらされるよう努力することによってしかもたらされないということになります。

中国の軍事パレード

中国に許してはならないのは、プーチン氏が犯したのと同じ間違いをさせることです。つまり、アメリカとその同盟国のことを「弱い」と思わせることです。

中国には力を背景に向き合うべきで、アメリカと同盟国がまとまって、よりよい安全保障環境を生み出せば、軍事力によって中国が太平洋を支配することなどできないことが明確にできます。

ウクライナでの戦争はいつ終わる?

戦争には終わりがあるということに疑問の余地はありません。それがいつなのかが今、焦点なのですが、いずれ終わりを迎えます。

プーチン氏は当初、ウクライナに侵攻して2日以内に首都を制圧してウクライナ政府を転覆させられると考えながら、それを達成できませんでした。私はそのこと自体が、最終的にはロシアに敗北をもたらすと見ています。

しばらく時間はかかるかもしれません。しかし、プーチン氏はウクライナでの戦争に踏み切る決断をしたことにより、最終的には弱体化します。その結果、ロシアの力は弱まることになるでしょう。