[東京 16日 ロイター] – 日本国債の10年物金利が指標性を低下させている。日銀の大量購入によって実勢から乖離した低水準に抑えられており、社債発行など実体経済にも影響が出てきた。イールドカーブ・コントロール政策(YCC)の結果とはいえ、流動性を回復させ「経済の体温計」の機能を取り戻すことも次期日銀総裁の課題となる。 日本国債の10年物金利が指標性を低下させている。日銀の大量購入によって実勢から乖離した低水準に抑えられており、社債発行など実体経済にも影響が出てきた。写真は円紙幣のイメージ。2013年2月撮影(2023年 ロイター/Shohei Miyano)

<「顔」が投資対象外に>

10年国債の取引量が急低下している。日本相互証券/リフィニティブのデータによると、新発債の年間出来高は、黒田東彦総裁の下、日銀が「異次元緩和」を始めた前年の2012年は24兆5440億円だったが、22年には9兆2490億円と半分以下に減少した。

現在、日銀は通常の国債買い入れオペに加え、一部の10年債を0.5%の固定金利で無制限に買う「指し値オペ」を毎日実施しており、10年債で最も新しいカレント3銘柄と、先物受渡し適格で最割安のチーペスト銘柄は一時、日銀の保有比率が100%を超えたと推計されている。

グローバル債券投資家が使う代表的な指標「FTSE世界国債指数(WGBI)」では、市場流通量の基準を満たせなくなったとして、これら日本の10年国債の一部が外された。

米運用大手アライアンス・バーンスタインの日本債券ポートフォリオマネジャー、橋本雄介氏は日本の10年債について「ほぼ取引不可能で、金利の居どころがよく分からない。長期投資家としては流動性がなさ過ぎて投資対象にできない」と話す。短期債と超長期債は投資できるものの、「顔」である10年国債が投資対象外というのは異常な事態だとして「日銀の現行政策は技術的な限界がきている」とみる。

<社債金利の「基準」見えにくく>

金利の「基準」である指標国債の適正な金利形成機能の低下は、金利が上昇することで安易な財政拡大に対して警告を発することが難しくなるだけでなく、民間の金利商品市場にも影響を及ぼす。

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日本証券業協会によると、22年の普通社債発行額は約12兆円と前年比21%減となった。社債金利の多くは10年債金利を基準に設定されるが、実勢から乖離した低金利で発行すれば、企業は利払いが抑えられるが、投資家にとっては魅力が乏しく購入を控えるため、需給がマッチしづらくなる。

日銀は昨年12月に長期金利の許容変動幅を拡大した際、社債発行環境の改善を理由の1つとした。しかし、国債のイールド・カーブは依然として歪んでおり、足元の10年債の369回債は0.500%だが、368回債は0.220%と大きな乖離がある。市場で極端な品薄が起きているためだ。

また、決済日までに対象債券を受け渡せない「フェイル」も急増している。日銀のまとめでは、1月は国債のフェイル件数が1247件、総額は5兆0849億円と、いずれも世界金融危機が起きた2008年9月に次ぐ高水準を記録した。

<「トリレンマ」>

三井住友トラスト・アセットマネジメントの稲留克俊シニアストラテジストは、「景気・物価の押し上げ」、「長期金利の低位安定」、「市場機能の維持」は、2つしか選べず、残り1つは諦めざるを得ない「トリレンマ」の関係にあると指摘する。

YCCは人為的に金利をコントロールする政策であり、局面によって日銀の国債購入量は多くなり流動性が低下する構造になっている。金利を低位に抑えることで景気を下支えし、物価を押し上げるという目的が優先された政策だ。

しかし、国内でもインフレが強まり、物価上昇率は足元で4%を超えている。賃金上昇を伴う持続的な需要増加による物価上昇ではないとしても、市場では「副作用が目立ってきたYCCを含む現行政策を一度見直すべき」(シティグループ証券の村嶋帰一チーフエコノミスト)との声は多い。

三菱UFJモルガン・スタンレー証券の鶴田啓介債券ストラテジストは「マーケットメイカーやディーラーの数が随分減った」と、この10年を振り返る。16年7月には三菱東京UFJ銀行(当時)が日本国債の市場特別参加者(プライマリーディーラー)資格を返上したほか、21年4月にはUBSグループもそれに続いた。

「トリレンマ」をどのようにバランスさせていくのか、次期日銀総裁の手腕が試される。

(植竹知子 編集:伊賀大記)

※お知らせ

特集記事「黒田緩和と市場」を本日から配信します。黒田東彦氏が日銀総裁に就任した2013年3月から現在まで、日銀による大規模な資産購入やマイナス金利、イールドカーブ・コントロール政策の導入などで、各金融市場は大きな影響を受けました。株式、債券、為替、各マーケットのこの10年を振り返り、黒田緩和の「功罪」を分析するとともに、次期日銀総裁の下での展開を見通します。

ロイター日本語サービス編集部