大型連休が終了し、きょうから日本中が平常の生活に戻る。いつものことだが、例年と異なる点が一つある。2020年初頭から3年以上にわたって続いてきた国主導の新型コロナ対策が国民主導に切り替わることだ。この日からコロナの感染法上の位置付けが2類から5類に変更される。ウイルスが消滅したわけではない。オミクロン株の重症度が上昇していないこと、感染者が減少傾向をたどっており、病床使用率や重傷病症使用率が低水準にとどまっていることなど、コロナ自体が弱体化している。これを受けコロナの法的位置付けが、インフルエンザ並みに格下げされるのだ。これによって何が変わるのか。ひとことで言えば国の関与がなくなり、感染対策は国民の主体性に委ねられることになる。日本人は感染が始まった当初から自主的、主体的な判断を行なってきた。政府の指示に従って対応した面も多々あるが、基本的には個人が主体的に判断してきた。指定替えと言われても、対応に大きな変化はないだろう。

とはいえ、これからはすべて「あなたの自己責任ですよ」と言われると、不安がないわけではない。5類への指定替えの象徴として取り上げられるマスクについては、特段に不安を感じることはない。外出する際や人が多く集まるところでは当面着用しようと考えている。手指消毒や三密回避は当たり前。生活習慣として完全に身についている。WHOのテドロス事務局長も5日に「大きな希望を持って、新型コロナウイルス感染症に関する国際的な公衆衛生上の緊急事態の終了を宣言する」と表明した。それでも緊急事態対応責任者のマイク・ライアン氏は「戦いは終わったわけではない」と強調する。新型コロナの感染は毎日続いている。世界のどこかで新たな変異種が発見される可能性は依然として残っている。それでも日常生活を取り戻すことも大事だ。となればゼロ・コロナではなくウイズ・コロナで行くしかない。ある意味これは国民の主体的判断でもある。

それはそうだが、一番悩むのはワクチンの接種をどうするかだ。すでに6回目のワクチン接種申込書が自宅に届いている。厚労省のサイトにはワクチンに関する様々なデータが掲載されている。すべてのデータはワクチンの有用性を示している。これ自体がワクチンの推奨でもある。だが、「接種せよ」とはどこにも書いてない。個人の主体性に委ねている。SNSなどにはワクチンの頻繁な接種に警鐘を鳴らすサイトもある。それを含めて個人で判断しなさいということだ。主体性、便利な言葉だ。基本的に異論はない。だから主体的に判断し6回目の接種はしないことにする。だが、接種が有料になれば多くの人が接種を回避するだろう。これは主体的判断か。有料化はまだ先だが、主体性自体にあやふやな面がある。国主導のコロナ対策はもともと個人の主体性に依存していた。5類への指定替えで今度は、個人の国家への依存性が顕在化する可能性がある。主体性ってなんだろ?