高市首相が23日(日本時間)の朝、国連総会で一般討論演説を行った。この中で同首相は「旧敵国条項」の削除を要求した。国連憲章の中に書き込まれている「旧敵国条項」は学校で習った覚えはあるが、「中身」については全く記憶にない。ちょっと気になるので、例によって生成AIで調べてみた。
ChatGPTによると、一般には「旧敵国条項(Enemy State Clauses)」と呼ばれる。「一つの条項ではなく、国連憲章の第53条、第77条、第107条に残っている、第二次世界大戦時の『敵国』に関する規定の総称」をいう。
ちなみに、それぞれの条項は以下の通りだ。
第53条 地域的機構による強制措置について、原則として安全保障理事会の承認が必要だと定める一方、第二次世界大戦中に「敵国」だった国については例外的な規定を置いている。
第77条 国際信託統治制度の対象となる地域について、第二次世界大戦の結果として「敵国」から分離された地域などを対象としている。
第107条 第二次世界大戦の「敵国」に対して、戦争の結果として連合国側が取った措置について、国連憲章がそれを無効にするものではないとしている。
要するに、第二次世界大戦時に連合国側から見て「敵国」とされた国々を対象とした、戦後処理上の規定と理解すればいいだろう。ChatGPTは「1945年の戦後処理を前提にした『経過措置』のような性格を持っていた」と解説している。
国連総会は1995年、「敵国条項」について「時代遅れ(obsolete)」との認識を示し、国連憲章から削除するための手続きを開始する意向を表明した。実際、総会決議は155か国の賛成、反対なし、棄権3か国で採択されている。
さらに2005年には、国連総会が「2005年世界サミット成果文書」を無投票で採択し、国連憲章第53条、第77条、第107条から「enemy States(敵国)」への言及を削除するとの決意を示した。
したがって、「条文が残っている」ことと、「現在、実際にその条文を使って日本に軍事行動を起こせる」ということは別問題だ。日本政府も、旧敵国条項を現在の国際社会で日本に対する武力行使の根拠として援用することはできないとの立場を取っている。
以上が、国連憲章に定められた「旧敵国条項」の概要だ。削除されても、現状のまま残っていても、実際の国際政治に直ちに大きな影響を及ぼす条項ではない。では、なぜ高市首相は今回の一般討論演説に、その削除要求を盛り込んだのか。ここが極めてデリケートでセンシティブな問題になる。
一般的には、中国がこの条項を持ち出して日本に対する主張を展開していることを問題視する見方がある。この条項があるからといって、中国が日本に武力行使できるわけではない。これが現在の国際社会における一般的な理解だ。にもかかわらず、高市首相はあえて「旧敵国条項」の削除を求めたのである。
ここが極めて重要なポイントだろう。
中国の立場を見てみよう。中国は1995年の国連総会決議では賛成票を投じている。しかし、現在の中国政府の立場は明らかに異なる。
中国外交部は2026年9月2日の記者会見で、①旧敵国条項は現在も国連憲章に存在する、②日本は降伏文書やポツダム宣言などを受け入れたうえで国連に加盟した、③旧敵国条項は戦後国際秩序を守るための重要な制度的保障である、④現在の日本の防衛政策を踏まえれば、同条項を再確認する必要がある――という趣旨の主張をしている。
さらに、高市首相の演説後にも、中国側は旧敵国条項について「現在も重要な現実的意義がある」との立場を示している。
要するに、旧敵国条項の削除問題には、その背後に日中間の「認識論争」が絡んでいるということになる。
これは武力を使った戦争ではない。武器を使わない言論戦争である。いま流行りの言葉を使えば、「ハイブリッド戦争(Hybrid Warfare)」といってもいいだろう。
高市首相は、国連を舞台に、言論によるハイブリッド戦争を仕掛けた。いや、逆かもしれない。中国から仕掛けられたハイブリッド戦争に応戦している、と見ることもできる。
改めて言うまでもない。現実の国際政治は極めて深刻である。歴代の日本の総理大臣で、ここまで大胆に応戦する総理はいなかった。厳しい言葉を使って中国を攻撃したわけではない。しかし、私を含め、日本人の多くは「旧敵国条項」の背後にある中国の存在を十分に理解しているとは言い難い。
政治家の言葉遣いに、もっと敏感になる必要がある時代に入ってきた。過激な言葉を通過って批判する政治家が多い。言葉の過激性が問題を解決するわけ絵はない。言葉に絡まる背景に敏感になる必要があるのだ。と同時に、敏感になればなるほど「覚悟」が必要な時代になってきた気がする。