高市早苗首相は5日、臨時国会の開会にあたり、所信表明演説を行った。演説の構成を見ると、全体の約6割を「責任ある積極財政」の推進に充て、「強い経済」を実現すると強調した。首相の演説から、気になったいくつかの点をピックアップしてみた。
最初は次のフレーズ。
「成長なくして、賃上げは続きません」
「成長なくして、税収も上がりません」
「成長なくして、社会保障の充実もありません」
「失われた30年」では、賃金も税収も思うように伸びなかった。そんな中で社会保障関係費だけは、気付かないうちに大幅に増加した。なぜ気付きにくかったのか。年金や医療などの社会保障負担が、毎年少しずつ継続的に増えてきたからである。物価が比較的安定していたことも、継続的で小幅な負担増を見えにくくした。
老後の生活を支える年金制度も、経済成長と賃金上昇が持続することが重要な前提となる。だが、この間、政府は成長率を十分に高めることができなかった。巨額の政府債務を抱える中、成長投資への配慮よりも財政健全化を優先してきたためである。
ここでいう「財政の不健全化」は、政府の債務だけを取り上げ、資産を十分に考慮していない。これは財務省による印象操作だと私は考えているが、どういうわけか主要メディアも、これを日本経済の最大の「懸念」であるかのように扱ってきた。「失われた30年」は、財務省と主要メディアが連携してつくり出した“幻想”という側面もある。だが、主要メディアはこの部分をほとんど報じようとしない。
これを変えようというのが、高市首相の主張する「責任ある積極財政」だ。
ただし、デフレの時代からインフレの時代に転換したところで積極財政を本格化すれば、折からのインフレをさらにあおるのではないか。そうした懸念を代弁するのが長期金利の上昇である。
市場の懸念は米国の懸念でもある。ベッセント米財務長官は、有り体に言えば、「アベノミクスの成功で日本経済は好転しているのだから、いまさら余計なことはするな」と、陰に陽に高市政権に注文を付けているように見える。主要メディアがつくり出した印象ならともかく、同盟国・米国からの注文である。これは捨て置けない。
そこで登場したのが、次のフレーズだ。
「必要な対応を機動的に講じます」
「責任ある積極財政」は、「危機管理投資」と「成長投資」を柱に投資活動を活性化すると同時に、「強い経済」と「財政の持続可能性」を両立させることを目的とした経済政策である。
首相は
「経済、物価、税収、金利、利払い費、市場の状況などを総合的に検証しながら、通年の国債発行額を適切にコントロールしてまいります。経済や市場が想定と異なる動きを示した場合には、その影響を十分に分析し、必要な対応を機動的に講じます」
この文脈を見る限り、「機動的な対応」は市場への対応ということになる。要するに、市場の反応、さらには米国の懸念にも配慮するということだろう。高市首相の苦心の跡がにじみ出ている。
最後に取り上げるのは、「責任ある積極財政」のくだりの終盤に登場する次のフレーズだ。
「そもそも消費税減税は、野党の皆様のこれまでの御主張の中にも多くみられたと承知しております。財源確保に関しては、市場の信認を得られるよう、特例公債に頼らずに確保することとしており、御心配には及びません」
いかにも高市首相らしい発言だ。
「野党の皆様も先の総選挙で消費税減税を主張していましたね。飲食料品にかかる税率を引き下げることも減税の一つですよ。よもや反対することはないでしょうね」
そう呼びかけているようにも聞こえる。
もう一つの「御心配には及びません」。これも「上から目線」と言われても仕方のないフレーズだ。
高市首相は所信表明演説を自ら書いているという説がある。通常は官僚が作成した原案を首相がチェックし、修正を加える。この「御心配には及びません」という表現は、官僚だけではなかなか書けないものではないか。言い方は悪いが、野党への挑発とも受け取れる。
高市首相の所信表明演説は、「強い経済」への挑戦と野党への挑発を“隠し味”にしている。臨時国会の論戦は面白くなりそうだ。