飯塚 真紀子 プロフィール
立ち上がった19人
6月24日、2020年の大統領候補たちに「富裕税支持を呼びかける手紙」と題された公開書簡が送られた。
2020年の大統領候補たちへ
トップ1%の富裕なアメリカ人の中でも、さらにトップ10分の1の資産を持つ私たちに富裕税を課すよう、民主党、共和党にかかわらず、すべての大統領候補たちに呼びかけるためにこの書簡を書いています。新しい税収は中間所得者層や低所得者層からではなく、経済的に最も資産を持つ人々から得るべきです。
アメリカは、私たちの富により課税する道義的、倫理的、経済的責任を負っています。富裕税は気候変動問題や経済成長、健康福祉に貢献し、公平な機会を生み出し、自由を強化するでしょう。富裕税の導入は国民の利益に繋がるのです。(書簡冒頭部)
富裕層の中でも超富裕な私たちにもっと課税する租税政策を導入をしてほしいーーそう訴える書簡を送ったのは、世界3大投資家の1人、ジョージ・ソロス氏やフェイスブックの共同創業者クリス・ヒューズ氏、ディズニー創始者の孫娘アビゲイル・ディズニー氏をはじめとする19人の超富裕なアメリカ人たちだ。
慈善活動に力を入れているソロス氏は、2017年には、ジョージ・ロックフェラー氏など400人のビリオネアーたちと、不平等を拡大するトランプ大統領の大型減税措置に反対する書簡を発表している。

ジョージ・ソロス氏〔PHOTO〕Gettyimages
アビゲイル・ディズニー氏も今年初め、ウォルト・ディズニーCEOのボブ・アイガー氏に約6560万ドル(約70億円)という、ディズニー従業員の平均給料の1424倍の報酬が支払われている状況を「バカげている」と叩いて話題を呼んだ。
彼らが富裕税を提案した背景には広がるアメリカの格差問題がある。手紙にもこう記されている。
「トップ1%のさらにトップ10分の1の超富裕層は、ボトム90%のアメリカ人に等しい資産を所有しています。私たちはとてつもない資産を持っていますが、将来直面する大きな問題を解決できるようなアメリカに住みたいのです」
驚くべきアメリカの格差
格差は着実に広がっている。「2018年度世界不平等報告書」によると、アメリカでは1980年、トップ1%の富裕層の富は国富の11%にも満たなかったが、2015年には20%に上昇、それとは反対に、ボトム50%の人々の富が国富に占める割合は21%から13%へと減少している。
ホームレス問題もニューヨークやロサンゼルスなど、近年、家賃が高騰している都市部を中心に深刻化している。アメリカ住宅都市開発省によるによると、2018年1月時点でのアメリカのホームレス人口は約55万3000人。1万人中17人がホームレスの状態にある。広告

ウォーレン・バフェット氏〔PHOTO〕Gettyimages
「ほとんどの人は平等を望んでいる」
今回の公開書簡に署名した一人であるジョージ・ソロスは、ハンガリー出身で、幼い頃ナチスの占領を経験した。その後、イギリスのロンドンスクールオブエコノミクスで学び、投資家として活躍し超富裕層の仲間入りをすることになったが、その地位を得て以降も、ナチスの占領体験から、抑圧的な社会に対して違和感を抱いていることを常々公言している。
また、アメリカの建国精神へのリスペクトも大きく、この国が歴史的に「権力の相互チェック」を重視してきたことに目を向け続けている。そうした関心の延長線上で、1980年代以降、本来ならば道徳性を重んじるべき政治の領域に「市場の論理」が入り込んでいることに強い危機意識を抱いている。これは彼の愛読書である、科学哲学者カール・ポパー『開かれた社会とのその敵』からそうした着想を得ているのかもしれない。
同じく書簡を出したメンバーの一員、フェイスブックの共同創業者であるクリス・ヒューズは、中流家庭に育った秀才で、ハーバード大学の在学中にフェイスブックを創業した。それが大成功につながるわけだが、歴史学と文学を専攻していた彼の感性は、その成功が「運」の上に成り立っていると見なすようになる。伝統的なリベラル雑誌『ニューリパブリック』を買収したものの、その立て直しに失敗したこともそうした発想に影響したと考えられている。
彼は「ほとんどの人は平等を望んでいる」と自著で述べている。かつて20世紀の政治リーダーが行った、所得税の導入や企業の選挙献金の禁止といった、平等を指向する動きと同じような大胆な政策の導入が必要だと主張をしてきた。
クリス・ヒューズは35歳、ジョージ・ソロスは88歳、年齢差53歳の二人がともに、「現在のアメリカはどこかおかしい」という感覚を抱いている。それがいまのアメリカのリアルだ。
「金持ちのための大統領」
しかし、富裕税は経済や雇用創出に悪影響を与え、その結果、経済的不平等の緩和を妨げると疑問視する声もある。特に、影響を受けるのは、テック業界のスタートアップたちだ。スタートアップの場合、ベンチャー・ビジネスで大きな資産を得たとしても、すぐにはキャッシュ・フローを得られない。
そのため、彼らは、税金を払うためだけに資金を借り入れたり、部分的に企業を売り渡す必要も出てくる。富裕税案はイノベーションを生み出すスタートアップにとっては良い政策とは言えないというのだ。
また、芸術品や宝飾類など現金以外の資産の価値をどう査定するかという問題も指摘されている。何より、連邦政府がこういった資産に課税することを禁じているため、憲法違反になることも懸念されている。
ヨーロッパには富裕税を課す国があるが、1995年時点で、富裕税を課していたOECDの15カ国中、今も、富裕税を課し続けているのはスイス、ノルウェー、スペインの3カ国だけだ。この3カ国以外の国々は、施行上の難しさから、富裕税を廃止してしまった。
例えば、フランスの場合、富裕税のために、2000年〜2012年の間、推定42000人ものミリオネアーが国外に脱出した。昨年、マクロン大統領は遂に富裕税を廃止、国民に「金持ちのための大統領だ」と揶揄された。
「私たちが格差問題の一部を生み出しているのよ」
提案するのは簡単でも、施行は難しい富裕税。しかし、まず提案しないことには何も動き出さないのだ。書簡に署名した19人の1人、女優のリーゼル・プリツカー・シモンズさんの言葉が心に響く。リーゼルさんの一族は330億ドル(約3兆5500億円)以上の資産を有している。
「富裕税の導入が難しいというのは怠慢な議論だわ。問題があるなら、解決策を考えればいいのよ」
彼女は訴える。
「私たちが格差問題の一部を生み出しているのよ。だから、私たちに課税して」
手紙にはこうも綴られている。我々の共和国では、すべてのアメリカ人が自分ができることで国の成功に貢献することは愛国的な義務です。富裕な人々も例外ではありません。
超格差社会になる中、あり余る資産を、社会のため、国のために、富裕税という形で差し出すこと。それは新しい形の愛国心なのかもしれない。
あるいは、“恩送り”=Pay It Forward という行為がアメリカで広がっているからかもしれない。Pay It Forwardとは、誰かから受けた恩を、直接、その人に返すのではなく、全然別の人に送るという行為だ。
例えば、今年、5月、ある大富豪の投資家が、ジョージア州アトランタにある大学の卒業式で、卒業生約400人の学費約44億円分を全額肩代わりすると宣言して大きな話題となったが、その大富豪は話していた。
「みなさんはきっと別の人々に恩送りしてくれるだろう」
ソロス氏ら超富裕層も同じ期待があるのではないか。
彼らが国にした富裕税という形の“恩送り”で助けられた国民がいつか成功し、また別の人々に恩送りをしてほしい。
老後2000万円問題で紛糾している日本も格差に蝕まれ始めている。ソロス氏らのように、国のために声を上げる超富裕層の出現が待望されるところだ。
また、芸術品や宝飾類など現金以外の資産の価値をどう査定するかという問題も指摘されている。何より、連邦政府がこういった資産に課税することを禁じているため、憲法違反になることも懸念されている。
ヨーロッパには富裕税を課す国があるが、1995年時点で、富裕税を課していたOECDの15カ国中、今も、富裕税を課し続けているのはスイス、ノルウェー、スペインの3カ国だけだ。この3カ国以外の国々は、施行上の難しさから、富裕税を廃止してしまった。
例えば、フランスの場合、富裕税のために、2000年〜2012年の間、推定42000人ものミリオネアーが国外に脱出した。昨年、マクロン大統領は遂に富裕税を廃止、国民に「金持ちのための大統領だ」と揶揄された。
「私たちが格差問題の一部を生み出しているのよ」
提案するのは簡単でも、施行は難しい富裕税。しかし、まず提案しないことには何も動き出さないのだ。書簡に署名した19人の1人、女優のリーゼル・プリツカー・シモンズさんの言葉が心に響く。リーゼルさんの一族は330億ドル(約3兆5500億円)以上の資産を有している。
「富裕税の導入が難しいというのは怠慢な議論だわ。問題があるなら、解決策を考えればいいのよ」
彼女は訴える。
「私たちが格差問題の一部を生み出しているのよ。だから、私たちに課税して」
手紙にはこうも綴られている。我々の共和国では、すべてのアメリカ人が自分ができることで国の成功に貢献することは愛国的な義務です。富裕な人々も例外ではありません。
超格差社会になる中、あり余る資産を、社会のため、国のために、富裕税という形で差し出すこと。それは新しい形の愛国心なのかもしれない。
あるいは、“恩送り”=Pay It Forward という行為がアメリカで広がっているからかもしれない。Pay It Forwardとは、誰かから受けた恩を、直接、その人に返すのではなく、全然別の人に送るという行為だ。
例えば、今年、5月、ある大富豪の投資家が、ジョージア州アトランタにある大学の卒業式で、卒業生約400人の学費約44億円分を全額肩代わりすると宣言して大きな話題となったが、その大富豪は話していた。
「みなさんはきっと別の人々に恩送りしてくれるだろう」
ソロス氏ら超富裕層も同じ期待があるのではないか。
彼らが国にした富裕税という形の“恩送り”で助けられた国民がいつか成功し、また別の人々に恩送りをしてほしい。
老後2000万円問題で紛糾している日本も格差に蝕まれ始めている。ソロス氏らのように、国のために声を上げる超富裕層の出現が待望されるところだ。