ニューズウィーク日本版編集部

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<米民主党の政治家を中心に盛り上がりを見せ、消費増税を控えた日本でも注目が高まる現代貨幣理論(MMT)――。「どれだけ借金しても国家は破綻しない」は本当か>

参院選真っ只中の日本では、憲法改正や外交政策などに加え、経済政策が大きな争点となっている。特に10月に控えている消費増税、そして選挙直前に金融庁審議会の報告書で浮上した年金不安の問題が大きな注目を集めている。

いずれも日本にとっての「永遠のテーマ」とも言える財政健全化に関連する問題だ。日本は20年ほど前から巨額の財政赤字を出し、政府債務残高の対GDP比は約240%に達している。だが、財政健全化は2007年にアメリカで始まった金融危機以降、世界に共通する課題にもなっている。

危機後、世界各国では経済の回復のため積極的な金融政策と財政政策がとられてきた。中央銀行は金利を大幅に引き下げ、さらには大規模な量的緩和策やリスク資産の購入など「非伝統的」な金融政策を実施。政府は政府債務の拡大と引き換えに、巨額の公的資金を投じて景気刺激を行った。

おかげで世界経済は回復したとされる。多くの国で株価は高騰し、失業率は歴史的水準にまで低下した。一方、こうした政策によって拡大した中央銀行のバランスシートや政府債務を「正常化」させることの必要性が、「危機克服」後の新たなテーマとして浮上している。

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だが今、アメリカを中心に財政健全化とは真逆を行く主張が、大きな議論の的となっている。「政府はもっと財政を拡大しろ」「そのために必要ならどんどん借金しろ」「どれだけ借金しても国家は破綻しない」と主張する現代貨幣理論(MMT)だ。

7月16日、MMT推進派の中心的存在、経済学者のステファニー・ケルトンが来日し、都内で講演を行った。日本でも俄然注目が高まるMMTだが、本誌では本日発売の7月23日号で「日本人が知るべきMMT」特集を組み、果たしてこの理論が正しいのか、推進派・批判派双方の主張を読み解きながら、徹底解説を試みた。

特集では元本誌オピニオンエディターで、著書に『ケインズかハイエクか――資本主義を動かした世紀の対決』(新潮社)があるニコラス・ワプショットが、この理論の中核にはケインズ理論があると解説。イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズは1936年の『雇用・利子および貨幣の一般理論』で、不況の際に政府が公共投資を行って雇用を守ることの重要性を唱えた。

さらにワプショットは、ケインズの経済学がいかにMMTに発展したかについて、次のように書いている。

07年のアメリカで始まった金融危機が世界に広まるなかで、アメリカ政府は実際にケインズ経済学に立ち戻った。8000億ドルの公金を投じて景気を刺激する一方、金融の総元締めである連邦準備制度を通じた量的緩和策(QE)で民間の金融機関に莫大な資金を供給し、融資の拡大を促した。

それでも第二次大戦後の一時期のように「みんなが潤う」ことにはならなかった。資本主義は万人のために機能せず、貧富の格差は広がるばかり。自由市場は時に残酷だが、政府が救済できるものではなく、そもそも手を出すべきではない。それが市場経済派の変わらぬ主張だ。

そんな敗北主義を認めない経済学者たちが、90年代にたどり着いたのがMMTだ。

アメリカのMMT導入は意外に近い?

MMTでは、独自の通貨を持つ主権国家なら、債務返済に必要な資金を紙幣の増刷でいくらでも調達できるので、債務不履行に陥ることはあり得ないとされる。もしこれが本当なら、消費税を上げて財政健全化を進める必要などなくなる。社会保障の財源も確保できるので、年金だけで生活できないなら足りない分だけ支給額を増やせばいい、ということになる。

MMT推進派のケルトンらが、理論の正しさを裏付ける成功例として挙げるのは「日本」の存在だ。巨額の公的債務を抱えながらも超インフレに見舞われておらず、それどころか現在の物価上昇率は0.7%にすぎない。そんな日本政府は何年も前から実質的にMMTを採用している、というのだ。

夢のような話だが、当然、主流派の経済学者や政治家からは猛反発を受けている。ローレンス・サマーズやポール・クルーグマンといった経済学の重鎮たちは、異口同音にMMTは制御不能なハイパーインフレをもたらす危険性が高いと指摘する。

IMF元主任エコノミストでハーバード大学教授のケネス・ロゴフも本誌特集内の寄稿でMMTのリスクを訴え、「あまりにも長い間物価が低く抑えられてきたせいで、人々はハイパーインフレの恐ろしさを忘れてしまった」と、中央銀行の独立性を脅かす最近の潮流に警鐘を鳴らしている。

日本については、安倍内閣の官房参与も務める米エール大学名誉教授の浜田宏一による反論も、特集に収録した。浜田は「日本の公的債務は一般に思われているほど多くはない」「本当に重要なのは、資産を債務から差し引いた純債務残高だ。この点、日本は莫大な公的資産を保有している」とし、ゲーテの詩を引用しながら、MMTの危険性を訴える。

果たしてMMTは、ポピュリストたちが人気取りのために利用する夢物語でしかないのか。それとも、経済学に革命を起こし、「未来の定説」となるのか。その答えは「やってみなければ分からない」というのが本当のところかもしれないが、ケインズが革命的なアイデアを提起したとき、保守派には彼を危険な過激派と見なす人もいた。

日本では、10月の消費増税が延期される可能性は低いと見られ、安倍政権がMMTの有用性や実施を公に認めることもなさそうだ。だが、もし来年のアメリカ大統領選で民主党の革新的な人物が当選すれば、MMTを「やってみる」時期は意外と早く訪れるかもしれない。

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※7月23日号(7月17日発売)は、「日本人が知るべきMMT」特集。世界が熱狂し、日本をモデルとする現代貨幣理論(MMT)。景気刺激のためどれだけ借金しても「通貨を発行できる国家は破綻しない」は本当か。世界経済の先行きが不安視されるなかで、景気を冷やしかねない消費増税を10月に控えた日本で今、注目の高まるMMTを徹底解説します。