バッキンガム宮殿で談笑するカナダのトルドー首相(左)、ジョンソン英首相(左から2番目)、フランスのマクロン大統領(中央)ら=2019年12月3日、ロンドン【AFP時事】
バッキンガム宮殿で談笑するカナダのトルドー首相(左)、ジョンソン英首相(左から2番目)、フランスのマクロン大統領(中央)ら=2019年12月3日、ロンドン【AFP時事】

◇見落とせない共同宣言の意義

 ロンドンで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会談は、創立70周年を祝う記念会議にもかかわらず、最終日の共同記者会見をトランプ大統領がキャンセルして急きょ帰国する波乱の幕切れとなった。事件は、12月3日にバッキンガム宮殿で開かれたレセプションで起こった。遅刻したマクロン仏大統領にジョンソン英首相が理由を質問したところ、カナダのトルドー首相が「(トランプ氏が会談の)冒頭40分も記者会見をするからだ」とやゆし、「(トランプ氏の側近まであぜんとして)あごが床に着きそうなほどだった」と冗談を飛ばした。このとき隠し撮りされた会話が、カナダのメディアで報道されてしまった。その後、トランプ大統領は「トルドー氏には表裏がある」と批判しているから、怒りの矛先は明らかだ。(笹川平和財団上席研究員 渡部恒雄)

 この騒動のせいで、NATOの指導者間の乖離(かいり)が浮き彫りになり、NATO自体の結束が問われることになった。そもそも、NATO首脳会議前の11月、マクロン氏が英誌エコノミストとのインタビューで、シリアでNATO加盟国トルコがクルド人武装勢力に対して軍事攻撃を行ったことや欧米間の協調の欠如などを理由に、NATOは「脳死」に至っていると批判したときから、すでに懸念は広がっていた。

 しかし、ロンドンのNATO首脳会議の共同宣言には、われわれ日本人にとっても重要な決定が盛り込まれた。それは、「中国の影響力の増大と国際政策は、NATOの同盟として一緒に取り組む必要がある機会と挑戦の両方を示している」という、NATOとしての初めての中国への言及だ。

 しかもNATOのストルテンベルグ事務総長は、首脳会議後の記者会見で、中国が米欧を射程に収めるミサイルを開発していることに言及し、「中国の台頭を認識しておくことが大事な一歩だ」とし、「同盟として共同で安全保障の問題などに取り組む必要があるという点で一致した」と発言した。そして「中国に軍縮協定への参加を促す方法を見つけなければならない」とも付け加えている。

 現在、在日米軍基地とわが領土は、中国の精度の高い短・中距離ミサイルの射程内にあり、それに対する直接の抑止手段を日米ともに保有していない。憲法の縛りがある日本はともかく、米国も、これまでロシアと結んだ中距離核戦力(INF)全廃条約に縛られ、対抗できる中距離ミサイルを開発してこなかった。しかし、米ロが中距離核戦力(INF)全廃条約から離脱した本年からは、中国の中距離ミサイルへの抑止体制の構築と、今後中国をどのように核軍縮の枠組みに入れるかが重要な課題となった。

 そこに欧州諸国もNATOの枠組みで問題を共有することになったことは、日本の安全保障にとっても意味のある首脳会談になったと考えられる。

NATO首脳会議の全体会合に出席するストルテンベルグ事務総長(右)とトランプ米大統領=2019年12月4日、ワトフォード【AFP時事】
NATO首脳会議の全体会合に出席するストルテンベルグ事務総長(右)とトランプ米大統領=2019年12月4日、ワトフォード【AFP時事】


◇カナダのフォーラムも中国関連が席巻

 筆者は、NATOサミットのほぼ1週間前、米欧の多国間同盟であるNATOを支える関係者が集まって議論をする11月22~24日のカナダでの「ハリファクス・セキュリティー・フォーラム」に出席した。

 米国の共和党・民主党の保守派の議員も毎年多数参加するこの会議にも、大きな変化が起こっていた。これまでこの会議の主要議題であったロシアの脅威を抜き、中国関連の議題が会場を席巻した。さらには、この会議を長年支持してきた故ジョン・マケイン米上院議員を記念して、世界の安全保障や民主主義に貢献したリーダーシップに送られるマケイン賞に、民主化運動を進める香港市民が選ばれ、代表して香港の民主派政党・民主党の劉慧卿(エミリー・ラウ)元主席と民主化運動家のフィーゴ・チャン氏が代表で出席して受賞した。

 これは、民主的な価値を共有する米国、カナダ、欧州が、中国を安全保障上の懸念として議論する際に、香港の民主化あるいは新疆ウイグル自治区での人権侵害などの人権・民主主義という価値観が大きく反映する事実を表している。この価値観こそが、第2次世界大戦から冷戦期を通じて、欧州と米国の紐帯(ちゅうたい)となってきた核心であるからだ。

 したがって、会議参加者の中国への懸念については、中距離ミサイルや東・南シナ海での安全保障上の課題だけではなく、香港の民主化問題、新疆ウイグル自治区の人権問題、米中貿易戦争まで幅広く議論された。

 例えば、ハリファクスでのフォーラムに参加していたロバート・オブライエン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は11月23日、記者団に米中貿易協議の進展を尋ねられ、「われわれは年末までに(第1段階の)合意に達することを望んでいる。私はそれが可能だとまだ思っている」と語る一方で、「米国は、香港や南シナ海、世界の他の地域で起きていることを看過するつもりはない。これらの地域での中国の活動について懸念している」とも述べた。

一層の民主化を求める香港の大規模デモ=2019年12月1日、香港【AFP時事】
一層の民主化を求める香港の大規模デモ=2019年12月1日、香港【AFP時事】

 トランプ大統領は前日の22日、中国の習近平国家主席に、香港で続いている抗議活動を中国が弾圧すれば、米中通商協議に「著しいマイナスの影響が及ぶ」と伝えたことを明らかにしている。

◇ウイグル問題も米中協議に影響か

 その後、11月27日、トランプ大統領は議会上下院がほぼ前回一致で合意した香港・人権民主主義法案に、拒否権を行使せずに署名し、法案を成立させた。中国側は、内政干渉だと激しく反発している。

 トランプ大統領は、署名前にも「香港の民主化を求める市民を支援するが、習近平主席は友人だ」と述べており、米中貿易交渉に影響を与える法案に署名するかどうかを、明らかにしてこなかった。特に、トランプ大統領の民主化自体への心情的な支援は一般的な米国の政治家よりも弱く、むしろ世界の中で強権的な指導者との関係の良さが目立っており、香港人権・民主主義法案に署名するかどうかは定かではなかった。

 しかし、議会は法案をほぼ全会一致で成立させた。大統領の拒否権を覆すための3分の2以上の賛成を得ており、トランプ大統領が拒否権行使をしても、法案成立は防げなかった。トランプ氏も、むしろ中国への交渉圧力として、この法案を利用しようと考えたのではないかと考えられる。

 今回の法案は、香港の警察がデモ隊に使用するゴム弾や催涙ガスの香港への輸出を制限するものだが、同時に個人を制裁対象にしており、香港で人権弾圧に関わる中国政府関係者の米国への入国禁止や資産凍結などの措置を科すことができる。これは米国在住の家族がいたり、米国の銀行口座に資産を持っていたりする中国高官に対しては、かなり効果があると考えられる。

 トランプ大統領の外交スタイルは、個人的な人間関係を重視して、自身の外交能力を有権者にアピールするというものだ。中国についても習主席との関係の良さをたびたびアピールしてきた。6月の電話会談では習氏に対して、米中通商交渉をしている間は、香港の民主化支援を行わない、と伝えていた。

香港デモ隊の強制排除に向けて催涙弾を発射する警官隊=2019年9月29日、香港【AFP時事】
香港デモ隊の強制排除に向けて催涙弾を発射する警官隊=2019年9月29日、香港【AFP時事】


 一方で、共和党も含む米議会では、香港の民主化を支持する声が大きい。民主党がウクライナ疑惑でトランプ大統領の弾劾プロセスを進めている現状で、トランプ氏としては、上院の3分の2の合意によって罷免される状況を防ぐために、共和党議員の支持の確保も重要だった。民主党はともかく、味方の共和党議会が重視する香港の民主化へのメッセージをむげにはできなかったはずだ。

 例えば、11月27日付のニューヨーク・タイムズ紙の記事「トランプは香港民主化法案に署名して中国を怒らせた」では、2016年の大統領予備選でトランプ氏と激しく争ったが、現在はトランプ大統領の強い支持者に転じている共和党のマルコ・ルビオ上院議員の香港人権・民主化法についての「米国は中国が香港の内政へのさらなる影響を阻止する上で、新しく意味のあるツールを手に入れた」「この新法は米国が香港市民の自由への支持を見せる上で、この上なくタイムリーだった」という発言を掲載している。

 カストロ政権の独裁に反発してきたキューバ移民の子供で、民主化支援が自身の政治基盤にも大きく影響するルビオ上院議員らの不興をあえて買うことは、トランプ氏としても避けたかったと考えられる。この記事は、現時点では中国の米国へのレトリックは厳しいが、実際に米中貿易協議を停止したりするほどまでではないという見方も示している。

 ただし問題は、すでに下院で可決している新疆ウイグル自治区での強制収容所などの中国国内の人権問題をターゲットにしているウイグル人権法案だ。これが成立すれば、より深刻な影響が米中関係に及ぶという指摘もある。

 今後、米中貿易協議が継続する中で、香港とウイグルの人権・民主化問題と安全保障問題との相関関係には、一層の注意が必要だろう。

◇ ◇ ◇

渡部恒雄(わたなべ・つねお) 笹川平和財団上席研究員、米戦略国際問題研究所(CSIS)非常勤研究員。1963年福島県生まれ。88年東北大学卒。95年ニューヨークのニュースクール大学で政治学修士課程修了。95年CSIS入所。客員研究員、研究員、上級研究員などを経て2005年4月より非常勤研究員。東京財団上席研究員、笹川平和財団特任研究員を経て、17年10月より現職。近著に『大国の暴走 「米・中・露」三帝国はなぜ世界を脅かすのか』(共著、講談社)。