Japan In-depth

古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

【まとめ】
・ゴーン被告、レバノンでも当局に厳しい扱いを受けるかもしれない。
・レバノンの国法に違反した容疑で刑事訴追される可能性あり。
・国際的な注目度を利用され、政治抗争に巻き込まれる可能性も。

日本での保釈中に国外に逃亡し、レバノンに入国した日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告は母国のレバノンでは好待遇を受けるという予測が大方である。しかし一方では、なおレバノンでも当局に厳しい扱いを受ける可能性も指摘されている。別件での違法行為を追及されることと、政治的に利用されること、という二つの危険なシナリオだという。

ゴーン被告はレバノンに生まれ育ち、国籍も有する。アルゼンチンやフランスの国籍も保持するが、日本との犯罪逃亡者引き渡し協定もないレバノンでは政府代表がすでに日本への送還はしないとの方針を述べた。その結果、同被告にとっては快適な暮らしの見通しも生まれてきた。日本での犯罪の訴追もレバノンでは白紙に戻る展望さえみえてきたわけだ。

ところがレバノンの首都ベイルートからのフランスのAFP通信の報道などによると、ゴーン被告には思わぬ難関や災難もありうるという。その第一はゴーン被告がレバノンでの国法に違反した容疑で刑事訴追される可能性である。

レバノンはイスラエルといまも戦争状態にあり、自国民のイスラエル入国を法律で禁止している。ところがゴーン被告は2008年にフランスのルノー社の代表としてイスラエルを訪れ、政府要人らと会談した記録がある。この時もレバノン国籍を保持していた。

レバノンの首都ベイルートではこの事実を重視した地元の法律家グループが1月2日、検察当局にゴーン被告の起訴を求める陳情書を提出した。

同グループの代表のアリ・アバス弁護士はAFP通信に「敵国としてレバノンを軍事攻撃し、多数の死傷者を出したイスラエルをレバノンの国法を破って訪れたゴーン氏をヒーローのように歓迎することは法治国家として許容されるべきではない。レバノンの法律を適用し、裁かれるべきだ」と語った。

ゴーン被告は2008年当時、イスラエルとの間で電気自動車の開発を協議するため、訪問したという。時効が適用される可能性もあるが、最悪の場合、国家反逆罪で懲役15年の刑にも相当しうるとされる。

検察当局はこの陳情書を告発として受理して、法的な判断を来週までにも下すことになったという。その結果、場合によってはゴーン被告はレバノンでまたまったく別の罪状により、刑事被告人になる可能性もあるわけだ。

ゴーン被告にとってのレバノンでの第二の危険は同国の政治闘争に巻き込まれ、人質のように利用される可能性である。同じAFP通信のベイルートからの報道によると、ゴーン被告はレバノンの現在の外相ジブラーン・バシール氏と親しい関係にあり、同外相の義父が現大統領のミシェル・アウン氏であるため、現政権とのきずなが強く、保護を受けられる見通しは高い。

しかしレバノンの政治はイスラム教派、キリスト教派、同じイスラム教でもシーア派とスンニ派、さらに親シリア派、反シリア派、テロ組織のヒズボラなど多数の敵対関係にある勢力が長年、激しい争いを続け、不安定をきわめる。現在のサアド・ハリーリ内閣も挙国一致のスローガンの下に結成されたが、なお激しい抗争が絶えない。

こうした政治情勢下では国際的な注視を集めるゴーン被告の処遇が政治抗争に巻き込まれる危険もあるわけだ。同被告がレバノン内部の政治勢力間の権力闘争の道具に使われる可能性を指摘する声もある。

「レバノン戦略問題研究所」の所長で政治学者のサミ・ネーダー氏はAFP通信に対して「ゴーン氏の身柄の扱いが各政治勢力の間での『政治フットボール』となる可能性がある。次期政権の権力掌握をめぐり、ゴーン氏の処遇を政治交渉の材料に利用する動きが出てきてもおかしくない。国際的な注目を集めるゴーン氏の扱いにはそれだけの政治価値があるわけだ」と論評した。

ゴーン被告にとってレバノンもまた安住、安泰の地とはならない展望もこのようにありうるわけである。