[東京 14日 ロイター] – 長く存在感を失ってきた日本の半導体産業の復権に向けたラストチャンスをものにしようと、日本政府が動き始めた。ファウンドリー(半導体受託製造)世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)なども巻き込む青写真を描くが、海外の競合相手は政府からの巨額の支援をテコに投資合戦に臨む。米中問題の狭間で身動きが取れず、政府サポートが見劣りする日本企業のつけ入る隙は大きくはない。

<中枢担う半導体、周回遅れ>

「現在の日本の半導体のミッシングピースは、ロジック半導体だ」と経産省商務情報政策局デバイス・半導体戦略室の刀禰正樹室長は話す。 半導体市場は2030年には現状の倍の100兆円に拡大するとも予測される巨大市場だ。世界規模で急速にデジタル化やグリーン化が進む中、日本がその波をとらえるには、技術の進展を支える半導体産業と両輪で取り組まなければならない、との危機感が政府にはある。

日本にはルネサスエレクトロニクスやキオクシア、ソニーグループなどの半導体メーカーがあるが、論理演算処理を担い、デジタル機器の中枢部品となるロジック半導体の世界的な主要プレーヤーは、米国勢のインテルやエヌビディア、英アーム、韓国サムスン電子など海外勢だ。

米中摩擦が続く中、米政府は近い将来の台湾海峡での有事も想定。ある政府関係者は「モノ作りは中国、アプリケーションやソフトウエアなどは先進国という構図は、米中対立で崩れた」と述べ、経済安全保障の側面から自国に生産基盤を持たないリスクの大きさを訴える。

世界の半導体各社は回路線幅の細さを競っている。線が細ければ狭い面積に回路を詰め込め、スマホなどのデバイスの小型化・低消費電力化に寄与するため、ロジック半導体やメモリーでこの傾向が顕著となる。

微細化の競争には莫大な投資が必要で、日本勢の多くが競争から離脱。例えば、一部でロジックを扱うルネサスの線幅は40ナノ(ナノは10億分の1)メートルにとどまる。より細い線幅が必要な製品は、TSMCに生産を委託している。海外勢の主戦場は、1桁ナノの線幅での量産化技術に移っており、日本勢があらためて追い上げるのは容易でない。

<「黒子」をてこに>

半導体の素材や、東京エレクトロン、SCREENホールディングス(HD)などの製造装置、いわゆる「黒子」の技術で、日本勢は世界の主要プレイヤーだ。政府は、これらを「てこ」にしたい考えだ。 経産省は3月、ウェハーに回路を書き込む「前工程」技術の開発支援企業に東京エレクトロンとキヤノン、SCREENセミコンダクターソリューションズ(京都市)を採用。先行きの競争を見込んで、線幅2ナノの製造技術を確立し、日本が装置を提供できる体制を整える構えだ。

ウェハーからチップを切り出して製品化する「後工程」の技術開発でも、政府は音頭を取る。線幅を細くする競争は、いずれ限界に達するとみられ、回路を積層して3次元で面積あたりの集積度を上げる次の技術競争をにらむ。

TSMCが茨城県つくば市に新設する先端半導体の製造技術開発拠点が構想の中心となる見込みで、日本勢からはイビデンや新光電気工業など、この分野に強い企業の参加が予想される。

政府は最終的に、こうした最先端の製造技術を備える量産拠点を国内に持つ構想を描く。生産の担い手は国内企業に限らず、海外企業にも間口を広げている。

<実現にハードル、中国との距離感で身動き取れず>

もっとも、こうした構想の実現には、いくつものハードルがある。まず資金面の格差だ。半導体ビジネスでは、兆円単位のマネーが飛び交う。各国では、デジタル化の流れや経済安全保障上の必要性から、従来とは異なる次元で国を挙げた取り組みとなっている。

サプライチェーンの国内整備を進める米国は、2兆ドル規模のインフラ投資計画のうち、米国半導体業界の国内生産回帰の実現に向け500億ドル(約5.5兆円)を割り当てる。EUも復興基金92兆円を用意。半導体を含むデジタル投資に2―3年で1350億ユーロ(約18兆円)以上を投資する。

翻って日本は、ポスト5G(第5世代移動通信システム)基金が2000億円、サプライチェーン補助金も昨年度が約3000億円、今年度が約2000億円。

業界からは「文字通り、ケタが違う」(半導体メーカー関係者)と、嘆息が漏れる。英調査会社オムディアの南川明シニアディレクターは「それなりの予算がつかなければ企業も動きにくい」と指摘する。

最大の難関が、国内需要の開拓だ。日本の半導体産業は、80年代後半にかけ世界を席巻した。しかし、日米半導体摩擦に加え、大型計算機からパソコンへの需要シフトへの対応に失敗。家電の成熟化に伴う価格競争で日本勢が脱落し、国内の半導体需要が減退するのに合わせて同産業も先細った。経産省幹部は「半導体は所詮、どういう製品に使われているかが勝負。デジタル化の失敗と半導体の失敗が連動している」と指摘する。

過去の失敗を踏まえ、半導体・デジタル化の戦略を策定する政府の検討会では、5Gやデータセンター、電動車やスマートシティなど、半導体の主要な市場となり得る分野を盛り上げる支援策も同時に進める。5月中にとりまとめ、6月の政府の成長戦略に盛り込みたい意向だ。

検討会にはデンソーやNTTなども名を連ねるが、日本製造業の代表格であるトヨタ自動車や、ソニーGの姿はなく「国家戦略として世界にアピールするには迫力に欠ける」(半導体業界関係者)との声もある。

内製化の必要性については、政府と産業界の間に認識の溝が横たわっている。米国や中国など自動車の消費地での生産が進んでいる自動車業界からは「国産半導体の自給率も大事だが、それ以上に政治問題がグローバルでの生産・販売に支障を与えないようにしてほしい」(自動車メーカー関係者)との声が聞かれる。

オムディアの南川氏は、最先端半導体の生産拠点は「国内にあれば越したことはないが、絶対ではない」と指摘。むしろ米中摩擦によって、中国企業との間で可能なビジネスの線引きが不透明なため身動きしにくい日本企業は、海外の競合相手に後れを取っているとして「政府がガイドラインを整備することが先決」と話している。

(平田紀之 清水律子 取材協力:白木真紀 山崎牧子 編集:石田仁志)