コトバンクによるとこれは、世の中の実際の出来事は、虚構である小説よりもかえって不思議である、といった意味を表している。英国の詩人バイロンの言葉だそうだ。今の若い人は知らないだろうが、高齢者世代には昭和の名司会者・高橋圭三が「私の秘密」というクイズ番組の冒頭に使った言葉として記憶されている。正確には「事実は小説より奇なりと申しまして、世の中には変わった珍しい、あるいは貴重な経験や体験をお持ちのかたがたくさんいらっしゃいます」と続く。どうしてこんなことを思いついたのか、「コロニアル・パイプライン身代金、米当局が回収 230万ドル相当」というロイターの記事が、私の記憶を刺激したからだ。コロニアルは先月、ランサムウエア(身代金要求型ウイルス)を使ったハッカー集団・ダークサイトの攻撃を受け、身代金500万ドルを支払っている。それを取り返したというのだ。

発表したのは米司法省。モナコ司法副長官によると支払った身代金のうち、約230万ドル相当の暗号資産(仮想通貨)を回収したという。実行したのは連邦捜査局(FBI)だ。ダークサイトが受け取った資金の大部分はビットコインウォレットにあったのだろう。FBIは「ロック解除するプライベートキー(鍵)を保持」していたあとある。FBIがどのように鍵にアクセスし、どういった手順で取り戻したのか、具体的な記述はない。わからないことだらけだが、ハッカー集団と繰り広げた身代金の奪還劇は確かに「小説より奇なり」と言える。詳細がわかればもっと面白いかもしれない。サイバーテロで巨額の資金を奪取するダークサイトと捜査当局との対決、目に見えないところで双方が死力を尽くして戦っているということか。

ロイターによると7日に提出された司法省の宣誓供述書には、FBIは盗まれた仮想通貨の「アドレス」がカリフォルニア北部地区にあり、サンフランシスコの判事が資金の差し押さえを承認したとある。司法省に捜査当局、裁判所が一体となって行動している。ついでに言えば当事者であるコロニアルのブラント最高経営責任者(CEO)は、当初からFBIと密接に協力していたとし、「彼らの迅速な仕事とプロ意識に感謝している」と表明している。犯罪も高度化しているが政府機関の対応も質を高めている。日本でも2018年1月に、コインチェック(当時)という会社が580億円相当のビットコインを盗まれるという事件があった。当時、盗んだのは北朝鮮との説がまことしやかにささやかれていたが、あのカネはどうなったのだろう?