18歳以下の子どもがいる世帯に「現金とクーポン」で10万円相当を給付する政府の方針をめぐり、大阪市が「クーポンは配らず全額現金にする」など、独自の対応に踏み出す自治体が相次いでいる。判断の背景には何があるのか。

 大阪市の松井一郎市長(日本維新の会代表)は7日、年内に10万円全額を現金で給付したい考えを示した。「(全額現金で)ペナルティーがないなら、27日に10万円を振り込む」と記者団に語った。

 給付は11月、新型コロナウイルスの影響に対する経済対策の一部として閣議決定されたものだ。「こども・子育て支援」として、年内に現金5万円の支給を始める。その後、春の入学・新学期シーズンに向け、子育て関連の商品やサービスに使える5万円相当のクーポンを配る。見積もられた費用は計1兆9千億円に上った。

 松井市長は、クーポン配布を取りやめたうえで10万円を現金で一括給付する方が効率的で、住民ニーズにも合っていると主張した。

 大阪市内の給付対象者は約35万人。このうち児童手当を受け取っている15歳以下の約26万人については、児童手当の仕組みを使い、年内に10万円を給付するという。

 「市民のニーズを考慮して、クーポンではなく現金で支給したい」。静岡県島田市の染谷絹代市長も先月26日、記者団にこう表明した。

 市内で給付の対象になる子どもは約1万5500人の見こみ。染谷市長は「クーポン券にすると印刷の時間や、受け取りに来てもらう手間がかかる。現金のほうが子育て世帯に早く届けられる」と述べた。

 子育て応援課の担当者によると、クーポン配布には様々なコストが見こまれる。紙で配るとすると、偽造防止の特殊な印刷をする▽使える店の範囲を決めて登録する▽金券であるクーポンを手渡しするため、市内の複数の場所で配るスタッフを置く▽使われたクーポンを店から回収し、換金して店にお金を振り込む――などだ。

 市役所の窓口に来た保護者や子育て支援団体に聞くと、「全額を現金にしてほしい」との意見が多かったという。

 実は、クーポンについて政府は閣議決定で「地方自治体の実情に応じて、現金給付も可能とする」と認めている。給付を貯金に回さず確実に使ってもらうとの狙いで、クーポンとの併用を原則とするが、島田市は「例外」を選んだ形だ。

 群馬県太田市の清水聖義市長も7日、同様に全額を現金とする考えを朝日新聞の取材に明らかにして、こう語った。

 「市民は現金給付を求めている。自治体は年度末の3月は忙しいうえに、3回目のワクチン接種も最盛期を迎える。クーポンにすれば事務費もかさむ。これでは誰も喜ばない。三方良しではなく『三方損』になってしまう」

 松野博一官房長官は7日の記者会見で、クーポンの意義を改めて強調した。「子育てに関わる商品やサービスを直接お届けできるという意味で、より直接的効果的に子どもたちを支援できる。地域の創意工夫を促し、民間事業者の振興や新たな子育てサービスの創出、消費の下支えにもつながると期待できる。政策的意義について理解をいただき、まずはクーポン給付を基本として検討いただきたい

所得制限やめるケースも

 一方、給付対象の範囲について独自の判断を示した自治体もある。

 政府は「年収が960万円以上の世帯」には給付しない所得制限を決めた。960万円は「養う家族が子ども2人と年収103万円以下の配偶者」というモデル世帯の場合の線引きだ。

 世帯合計ではなく、最も収入の多い1人の年収で決まる。たとえば「1人で1600万円」では給付されず、「共働きで800万円ずつ」だと給付の対象になる。

 この範囲をめぐり、秋田県横手市は所得制限を設けず、子どものいる全世帯に現金とクーポンを給付することにした。政府の基準から外れる市内の子どもは約340人だったといい、現金分で追加してかかる約1700万円は市の財源でまかなう。

 高橋大(だい)市長は7日、市議会に対し「コロナ禍のなか、大変な思いで子育てをされているご家庭には、差を設けることなく全てに給付することが重要だと考えた」と説明した。

「制限や給付方法、柔軟に」

 「クーポンと現金」の組み合わせや、所得制限に関する自治体の独自の判断をどうみればいいのか。

 「全額現金」との島田市の方針について、上智大の中里透・准教授(経済政策)は「クーポンの給付は多額のコストがかかると考えれば、全て現金との判断も不自然ではない」と指摘する。

 政府はクーポンの狙いを「確実に子どものために使ってもらう」ことと説明。使途は教育や子育てに限定する。中里さんは、この点も注意が必要だとする。

 もともと、家庭は日常的に子どもにお金を使う。クーポンで浮いた分のお金は、保護者の生活用品や家電にあてたり、貯金に回したりできるため、その家庭における子ども向けの全体の支出は増えない可能性があるという。

 また、所得制限を設けないとする横手市の判断が生まれる背景には「給付の有無の基準の設け方が適切でないため、公平性が確保されず、納得感も得られにくい」状況があるとみる。

 政府は早く給付を始めるため、いまの児童手当で使われている所得制限の考え方を適用した。ただ、「世帯合計」ではなく「最も収入の多い1人」が基準になる仕組みには2018年、財務省の審議会からも「世帯合算で判断する仕組みに変更すべきだ」との意見が出ていた。

 中里さんは「何のための給付なのか、政府与党の中でそもそもの議論が足りておらず、世帯単位の所得など公平な給付のために必要な情報も整備できていない。その中でも各自治体は効率的な給付のため、制限のかけ方や給付の方法を柔軟に検討する必要がある」と語る。