[上海 16日 ロイター] – 中国人民銀行(中央銀行)が15日に行った予想外の政策金利引き下げは、政府が抱えるジレンマを浮き彫りにしている。それは、当局が金融システムに潤沢な資金を供給して経済再生を図ろうとしているものの、消費需要が依然として上向かないという構図だ。 

15日には1年物中期貸出制度(MLF)と期間7日のリバースレポの金利がそれぞれ10ベーシスポイント(bp)引き下げられたた。だが、既に銀行間市場の金利がずっと低い水準で推移しているため、融資拡大の効果はほとんど期待できない。

市場関係者は、不動産危機と新型コロナウイルス感染拡大防止のためのロックダウン(都市封鎖)で揺らいだ中国経済に対する信認を復活させるためには、もっと根本的な対策が必要だと主張している。

ナティクシスのアジア太平洋チーフエコノミスト、アリシア・ガルシア・エレロ氏は、人民銀行が「部分的な流動性のわな」に直面していると分析。日本型の流動性のわなと定義されるほど金利は下がっていないとは言え、システミックリスク増大に伴って「現金が大手銀行に滞留したままになっている」と解説した。

ガルシア・エレロ氏は、たとえモラルハザード(倫理観の欠如)を引き起こすとしても、より「異端の政策」が求められており、中小企業に融資している中小銀行向けに狙いを定めて流動性を注入するといった措置を通じて、成長を押し上げる方法などが考えられると話す。

別の市場関係者からは、経済を立ち直らせるには新型コロナウイルス関連規制の緩和や、破綻の瀬戸際にある企業に対する政府による直接救済など、金融緩和にとどまらないさまざまな手段が不可欠だとの声も聞かれる。

国聯証券のエコノミスト、ロッキー・ファン氏が問題点として挙げるのは、不動産市場の落ち込みが人々の先行きに対する自信を損ない、債務危機の中で積極的な住宅購入が途絶えたり、未完成物件のローン支払いを拒否したりする現象の発生だ。

ファン氏は「経済をよみがえらせるには不動産問題の解決が必須になる。ただ、それはいばらの道だ。政府がモラルハザードの危険を承知で経営難に陥っている全てのデベロッパーを救済しない限り、解決は見込めない」と述べた。

<預金に流れ込むマネー>

世界の金融政策の潮流はインフレを抑えるための利上げだが、中国はこれに反して金融緩和を進めるとともに、何度も銀行に融資拡大を促している。それでも今年7月の人民元建て新規融資は急減し、与信全般の伸びは鈍化しており、いかに需要が低調であるのかが分かる。

一方で、中国の銀行システムには現金があふれている。同国で最も広義の通貨供給量であるM2(現金プラス預金)は7月の前年比上昇率が12%と過去6年間で最高に達し、上半期の家計部門の預金は10兆3000億元(1兆5200億ドル)も増加した。

ジェフリーズのアナリストチームは「企業と家計双方が過剰な安全志向となっているので、中国の銀行には驚くべきペースで預金が集まりつつある」と指摘。15日の利下げは需要不足への対応だが、実体経済へのプラス効果は見込めないと付け加えた。

インベスコのアジア太平洋(除く日本)グローバル市場ストラテジスト、デービッド・チャオ氏は、利下げは出発点としては良いと評価しつつ、特に不動産市場の底打ちや家計と企業の心理を上向かせることにつながる追加的な政策も欠かせないと注文を付けた。

チャオ氏が具体的に提言するのは、住宅ローン金利引き下げや頭金規制緩和、各役所の手続き簡素化、デベロッパーに対する借り入れ制限の緩和などだ。

<バランスシート不況>

クロックタワー・グループの中国ストラテジスト、カイウェン・ワン氏は、銀行間の短期金利が過去最低近くまで下がっている中で、金融バブルを懸念している人民銀行が、現状よりずっと低い金利環境を許容できると考えるかどうかは分からない、との見方を示した。

15日の利下げ前の段階から、銀行間金利は政策金利を大幅に下回っていたので、人民銀行の動きは余計だったとも受け止められている。

フィッチによると、中国のマネー・マーケット・ファンド(MMF)資産は今年5月に過去最高の11兆元に膨らみ、市場規模は欧州を抜いて米国に次ぐ第2位になった。

一部の投資家はより高い利回りを追求しており、金融市場の一部ではフロス(小さい泡)が発生する兆しも出てきている。

最新の公式統計に基づくと、今年6月の国内短期金融市場の取引量は前年同月比で44%増加し、上場投資信託(ETF)の1日当たり平均売買高は前年の2倍以上で、レバレッジを利かせた取引が拡大している様子が垣間見える。

株式市場では、信用取引向け融資の残高が1兆6400億元と4カ月ぶりの高水準となり、投機的な取引に左右されやすい小型株主体のCSI1000指数は今年4月の安値から40%余り上昇して5カ月来の高値にある。

資産運用会社、銀科投資のチーフエコノミスト、シャ・チュン氏は、利下げ後に中国10年国債先物価格が2年ぶりの高値になった事態に触れて「利下げは債券市場のお祭り騒ぎをもたらすことができただけだ」と指摘。「問題は流動性不足ではなく、家計と企業が悲観的な見通しを持ち、自信が弱まっている点にある。典型的なバランスシート・リセッションだ」と強調した。

(Samuel Shen記者、Brenda Goh記者)