- 西側・北側から東側・南側へ力が移行、非国家主体の影響力も拡大
- 国家と非国家主体が流動的に結集、同盟の信頼揺らぎ不確実性が増大

「徐々に、そして突然に」。米作家アーネスト・ヘミングウェイは小説「日はまた昇る」の中で破産する様についてこう記した。
これは、ルールに基づく国際秩序の終焉(しゅうえん)にも当てはまる。
「徐々に」というのは、イラク侵攻や金融危機、パンデミック(新型コロナウイルスの流行)といった20年余りにわたる偽善と失敗によって、国際秩序の無力さと不公正さが浮き彫りになってきたことにあたる。
そして「突然に」は、トランプ米大統領が同盟国を脅し、国際協定を放棄し、カナダの鉄鋼から韓国の自動車に至るまで関税を課し、ベネズエラやイランに対して理不尽な軍事行動を開始したことだ。
トランプ氏は事実上、領土保全や自決権、自由貿易、人権といった、米国が80年にわたり掲げてきた基本原則を否定した。これらはもともと国益に不都合な場合には無視される「都合のよい虚構」にすぎなかった。それでも、米国の安全保障、金融アーキテクチャー、問題解決機関に基づく世界秩序は、歴史上のいかなる仕組みよりも予測可能で安定していた。
では次に何が来るのか。多くの人はより悪い事態を想定している。米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)、米誌タイムや雑誌アトランティックの寄稿には「大破綻」「新世界の無秩序」「単なる無秩序と強欲」といった言葉が踊る。古代ギリシャの歴史家トゥキュディデスの言葉を引用したり、大国がリスクゲームのように世界を分断した19世紀初頭を引き合いに出したりすることが流行している。国際社会は哲学者ホッブズが提唱した「自然状態」、すなわち孤立的で競争的かつ野蛮な状態へと後退しているようだ。
政治学者イアン・ブレマーはトランプ氏のアプローチについて、大戦略ではなく単に弱肉強食の論理に導かれていると指摘する。地域の安定や世界のエネルギー価格に連鎖的影響をもたらしたイラン戦争は、この見方を裏付けているようにみえる。
現実はよりニュアンスに富んでいる。物理学者スティーブン・ホーキングは2000年、今世紀は複雑性の世紀になると述べた。ホーキングは複雑適応系(CAS)の法則解明という科学の課題について語っていたが、地政学にも当てはまる。単一作物の農園をジャングルが覆い尽くすように、米国の力と制度に集中していた世界秩序は、野生的で多様化した生態系へと置き換わりつつある。
新たなプレーヤーや関係の形が出現している。欧州委員会のカラス外交安全保障上級代表兼副委員長が今年のミュンヘン安全保障会議で指摘したように、弱肉強食の論理で見落とされているのは、自然界では協調的な行動が広く見られるという点だ。多様な生物は相互に利益をもたらす関係を築き、成長と繁栄を実現し、障害を乗り越え、リスクを軽減する。
新たな世界秩序は、覇権なき結び付きによって定義されるだろう。多くの国家および非国家主体が、特定の課題や必要性に応じてより流動的に結集し、大規模な国際機関を補完しつつ、置き換えるネットワークの束を形成する。貿易や公衆衛生、気候変動のように分散的な対応が適する問題では、むしろ改善する可能性もある。
しかし、全ての課題がこの雑然とした新しい枠組みに適合するわけではない。とりわけ安全保障はそうだ。その意味では「ジャングルは暗く、危険に満ちている」という従来の解釈も当てはまる。
ポスト米国の世界秩序
この新たな秩序を理解するには、三つの潮流を把握する必要がある。
第一は国家間の世界的な力の再配分だ。過去5世紀にわたり西側・北側に集中していた力は、東側・南側へと移行している。1990年から2025年にかけ、世界の域内総生産(GDP)に占める主要7カ国(G7)の割合は半分から4分の1へと縮小した一方、中国、インド、東南アジアの割合は15%から55%へと拡大した。
米軍は依然として比類のない存在だが、中国が追い上げている。領土よりも技術的な熟達が力を左右する時代において、中国は極超音速ミサイルからバイオテクノロジー、人工知能(AI)に至るまで、多くの戦略的技術で米国に並び、あるいは追い越しつつある。

この力のシフトは、中国の超大国化にとどまらない。多くの中堅国が自信と影響力を高めている。象徴的なのは、22年のロシアによるウクライナ侵攻の際、インドやブラジル、南アフリカなどがロシア孤立化を求める米国の強い圧力に逆らったことだ。米国がそうした国々を従わせようとする試みは効果を上げず、逆効果となる場合もあった。トランプ政権がロシア産石油購入を理由にインドへの関税を発表した際、インド政府は強く反発し、中国との関係を深め、最終的に米国が譲歩するのを待った。
特に発展途上国を中心に、地域的、さらには世界的なリーダーシップを発揮する国が増えている。ポーランドはまもなく欧州最強の軍事力を持つ見通しであり、トルコは世界で3番目に大きい外交ネットワークを有する。カタールは紛争仲介に不可欠な存在となった。
米外交専門誌「フォーリン・ポリシー」の編集長を務めるラビ・アグラワル氏は23年、ビジネスからスポーツ、外交に至るまで「グローバルサウス(新興・途上国)はあらゆる分野で存在感と影響力を高めている」と指摘した。

第二の潮流は、国家から企業や非政府組織(NGO)など非国家主体への力の移行だ。非国家主体の富や影響力、能力はしばしば国家を上回る。ウォルマートの売上高はスウェーデンのGDPを上回り、メタのアプリは毎日35億人以上が利用している。国際的なNGOの数は1955年の約1000から4万5000以上へと急増した。生成AIや半導体、宇宙探査機といった地政学的に重要な技術は、政府の関与が限定的なまま民間部門によって開発されている。
こうした非国家主体の力が相対的に増しているという主張は、絶対的指導者の台頭や市民社会に対する国家の攻撃が目立つ時代において直感に反する。トランプ氏やインドのモディ首相、ハンガリーのオルバン首相、トルコのエルドアン大統領らはいずれも企業を国家の延長として扱い、大学やメディア、法律事務所、美術館などの独立機関に従属を迫ろうとしている。
それでも政府は常に成功するわけではなく、国家安全保障や経済・外交政策の目的達成において非国家主体への依存を続けている。教育から安全保障まであらゆる分野の民営化や、国家財政への圧力の高まり、技術や金融の複雑化が背景にある。
非国家主体の影響力は明白だ。エヌビディアのジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)は、自社のAI向け半導体「H200」の対中輸出を認めるようトランプ政権を説得し、7年にわたる超党派の政策コンセンサスを覆した。中国共産党はAI競争での遅れを取り戻すため、国内テック企業への統制を緩めた。
債券市場はトランプ氏の「解放の日」関税を最高裁が無効とする前に、すでにその強硬姿勢を和らげさせた。そして、非国家主体の力を示す例として、スターリンクほど分かりやすいものはない。小規模または中規模の軍隊が戦場における信頼性の高い通信手段を必要とする場合、イーロン・マスク氏と交渉する必要がある。
第三の潮流は、世界的な結び付きのさらなる強化だ。これもまた直感に反する。グローバリゼーションは終焉を迎えたと言われることが多いが、実際にはポピュリズムやパンデミックを経ても持ちこたえている。米国の実効関税率が2.2%から約10%へと急上昇したにもかかわらず、世界貿易は過去10年と同様のペースで拡大すると予測されている。海外直接投資(FDI)は2025年に14%増加した。政治家は自給自足やサプライチェーンの国内回帰、国内産業の復活を訴えるが、データ上は海外から国内へと軸足を移すような顕著な動きは現れていない。

ヒトの移動も続いており、移民は国際的に増加している。各国政府は孤立するどころか、これまで以上に相互関与を深めている。全体として外交関係は拡大・深化している。条約に基づく正式な国際機関の数は1990年代後半にピークを迎えたが、非公式な枠組みや専門会議、小規模な課題別サミットは急増している。
こうした結び付きの強化は多くの恩恵をもたらす一方、世界の問題の根源でもある。国家は相互依存を「武器化」し、金融システムや貿易、デジタルネットワークを支配や攻撃の手段として用いている。従来型の国家間戦争の脅威は依然として存在するが、安全保障の分野は今や各国の結び付きがもたらす負の側面にも広がっている。それは、気候変動や感染症、サイバー攻撃、テロなどへの対応だ。
2020年以降、米国人に直接的な被害をもたらした最大の要因はいずれもグローバルな結び付きに起因している。新型コロナウイルスのパンデミック(約120万人死亡)、合成麻薬フェンタニル危機(約35万人死亡)、オンライン詐欺(昨年の被害額は最大1190億ドル(約19兆円))などがその例だ。
「ポリアモリー的」地政学
過去100年の大半において、国家はイデオロギーや政治体制、文化に基づく比較的安定した勢力圏を形成してきた。共産主義対資本主義、西側対その他、文明の衝突といった構図だ。もちろん矛盾も多く内在していたが、こうした大規模な二分構造こそが外交関係の大部分を実質的に形作っていた。
だが、結び付きが強まり、かつ力が分散した時代となり、こうした構造は崩れてきている。各国は主体性と選択肢を増す中で、その関係はより流動的で、機会主義的かつ矛盾をはらむものになっている。
地政学における新常態は「ポリアモリー(複数のパートナーと合意の上で誠実かつオープンな親密関係を築く恋愛スタイル)」だ。
共産党統治下のベトナムは、米国との安全保障関係を強化している。民主主義を掲げるブラジルはロシアや中国とともに新興5カ国(BRICS)に参加している。戦争前にはサウジアラビアがイスラエルとイランの双方に接近していた。
今や安全保障同盟に絶対的な信頼はない。トランプ氏によるグリーンランド領有の脅しは北大西洋条約機構(NATO)を揺るがし、集団防衛を定めた第5条が確実に履行されるとの期待を打ち砕いた。ロシア、中国、北朝鮮の連携も恒久的な枢軸というより便宜的な結び付きにすぎない。新たな冷戦が語られる一方で、米中関係は複雑だ。米国にとって中国は最大の貿易相手であり、中国にとって米国は第3位の対外債権保有国である。

この新たな環境では中堅国が重要な役割を果たす。「スイングステート(米大統領選の勝敗を左右する激戦州)」のように地政学的な力の均衡を左右する存在として行動することもあれば、カナダのカーニー首相が述べたように「共通の価値や利益に基づき課題ごとに異なる連合を組む可変的な幾何学」を追求することもある。
米国の関与縮小は国際協力のどだいを大きく揺るがしているが、国境を越える課題の増加により共同で課題解決に取り組む必要性はかつてなく高まっており、中堅国にはそれに応える手段がある。大国による圧力の強まりは、各国が連携して対抗するインセンティブも高めている。
このことは、新たな世界秩序が、少なくとも特定の分野では従来よりも協調的で公平なものとなる可能性を示唆する。移民や人権のように文化的・イデオロギー的な意味合いの強い課題は解決が難しいままだろう。一方で、技術的性格の強い問題では進展が見込まれる。単一の大国や機関に集中する大きな枠組みではなく、分散的でネットワーク型のシステムの方が適しているからだ。
例えば貿易では、世界貿易機関(WTO)の硬直的で普遍的なルールは先進国の目標に偏り、民主的な意思決定を損ない、加盟国内での反発を招いてきた。WTOが機能不全に陥る中、地域間、二国間、少数国間の貿易協定が複雑に重なり合う構図が形成されている。
元米通商代表部(USTR)代表のマイケル・フロマン氏は、重複する加盟や志を同じくする連合、開かれた複数国間の関係から成る、より柔軟で雑然とした制度の方が、経済効率では劣っても政治的には持続可能で公平性も高いと指摘する。
金融危機対応でも同様に、各国は地域間・二国間の新たな枠組みを構築している。国際通貨基金(IMF)は依然として最大の緊急支援の供給源だが、こうした仕組みがセーフティーネットを補完し、個別国の防御力を高め、連鎖的な危機拡大を抑える。
これらの枠組みは条件面でも柔軟性が高い。米国がIMFの最大出資国であるため、短期的な返済を優先する厳格な条件が長期的成長を犠牲にし、保健や教育などの削減を通じて被支援国が貧困の循環から抜け出せなくなっているとの批判もある。
公衆衛生では、パンデミック監視やワクチン開発に向けたより分散的なネットワークが形成されつつある。世界保健機関(WHO)の加盟193カ国は米国抜きで初のパンデミック条約を採択した。富裕国が新型コロナワクチンを囲い込んだ反省から、南アフリカ主導の中堅国グループと民間パートナーはメッセンジャーRNA(mRNA)技術移転プログラムを設立し、新たな感染症脅威への対応を進めている。
国際的な犯罪やAIを巡る基準、宇宙領域の問題も、ポリアモリー型の世界で協力が進みやすい技術的課題だ。これらは多くの国や非国家主体が利害を共有し、単一の大国や機関に依存せず進展し得る課題といえる。
トランプ政権の敵対的姿勢にもかかわらず、気候変動対策も前進するだろう。国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の下での排出削減合意は、各国にまたがる問題に適していなかった。市場インセンティブや戦略的利益、価値観に後押しされ、中国のような排出大国から都市、慈善団体、炭素市場のマーケットメーカー、民間投資家まで多様な主体がエネルギー転換を進めている。企業も「グリーンウォッシング」から「グリーンハッシング」へと移行している。
したがって希望はある。しかし、この新世界に大きな問いが残る。誰が安全を担保するのか。
安全保障は中央集権的な権威の恩恵を受けやすい分野だ。不完全で選択的ではあったものの、米国の覇権は領土侵略の抑止として機能してきた。校長のいない学校のように、今やいじめっ子は大胆になり、衝突が起きやすくなっている。現在、第二次世界大戦以降で最多となる国々が紛争状態にある。
状況はさらに悪化する可能性がある。ロシアはNATOの結束を試し、中国は台湾の直接統治を目指している。トランプ政権下の米国は攻撃的かつ予測不能だ。世界的な軍拡が進み、数十年ぶりに核拡散の可能性が現実味を帯びている。イランのような国家だけでなく、韓国やポーランド、日本といった民主主義国も、米国の核の傘の信頼性低下を受けて核保有の可能性が議論され始めている。
新たな世界大戦のリスクは高まっている。だが、より深刻なのは不確実性の増大だ。織り込みが可能なリスクと異なり、不確実性は計測できない。システムが複雑化する中で、これまで想定されていなかった未知の事象が現実の可能性として浮上してくる。
人工超知能(ASI)が科学技術の進歩を加速させる可能性もあれば、制御不能になる恐れもある。テロ組織がエボラ出血熱並みの致死性とはしか並みの感染力を持つ病原体を作り出す可能性もある。気候変動が極端な気象災害を引き起こす可能性もある。こうした想定すべき脅威は数多い。
可能性の拡大と危険の増大。これが新たな世界秩序を規定するパラドックスだ。国家やイデオロギーは興亡を繰り返してきたが、これほどの結び付きと複雑性を持つ世界はかつてなかった。協調と混乱のどちらが優勢となるかを歴史が予言することはできない。
原題:A Dangerous New World Order Will Also Be More Cooperative: Essay(抜粋)