何かの参考になればと思い、私の入院の経緯を書き留めておきたい。

6月25日(木)、朝起きて着替えをしていた時のことだ。パジャマを脱ごうとすると、床にポタポタと唾液が落ちた。これが最初の違和感だった。次にズボンにベルトを通そうとするが、指先がうまく動かない。着替えを終えてスマホを左手に持ったが、歩き出す前に床へ落としてしまった。

階段を降りて1階へ向かう。足取りに問題はない。朝食の席で妻と向き合い、「おはよう」と声をかけた途端、妻が「喋り方が変だよ」と指摘した。その朝は和食だった。味噌汁の具を口に入れ、汁を一口飲んだが、口から無意識のうちに具がこぼれ落ちてしまう。この時点で妻は「食事が終わったらすぐに病院に行きましょう」と断言した。私は自分で運転していくつもりで「そうだね」と返したが、妻は「だめ、私が運転していく」と譲らなかった。

市内の脳神経外科クリニックへ直行した。初めて訪れる場所で、道もよく知らない。もし自分で運転していたら、クリニックに短時間でたどり着くことさえ難しかっただろう。受付を済ませて待機し、診察室へ。医師からの2~3の質問の後、「MRI検査をしましょう」と指示を受けた。MRIは初めてではないが、あの強烈な動作音に耐え、検査は終了した。

待合室で待っていると、再び担当医に呼ばれた。MRIの画像には、脳の後頭部、顔面や口の筋肉を司る領域に、白い斑点が点々と散見された。「脳梗塞です」。医師は冷静に病名を告げ、「今から紹介状を書きます。それを持って市立病院へ行ってください。緊急外来の窓口で、紹介状と画像の入ったCDを渡すように」と指示された。

私は状況が飲み込めず、「今すぐですか?」と間抜けな質問を返してしまった。この時はまだ、いったん家に帰るつもりでいたのだ。しかし、医師の「いやすぐに行ってください」という決然とした声に押され、病院へ向かった。

市立病院での受付を済ませるとすぐ担当医が対応してくれた。問診の後、血液採取と点滴が始まる。点滴も人生初めての経験だ。車椅子で検査室へ移動し、CTやレントゲン撮影を行った。その後の記憶は曖昧だが、気がつけば病室へ案内され、あわただしく入院生活が始まった。

入院中、昼夜を問わず看護師さんたちが親切・丁寧にケアをしてくれた。看護師不足が全国的に危機的状況にあるなか、どの方も真摯に向き合ってくださり、看護師の処遇改善の必要性を身をもって実感した。治療のメインは点滴と、血流をサラサラにする薬の服用だ。その間、生理機能検査室での再検査や、耳鼻咽喉科などでの診察を受けた。

医師は入院当初から「原因を究明する」と明言していたが、最終的な説明でその理由が判明した。右顎下の頸動脈が狭窄して極端に細くなっており、そこで血栓が作られ、脳内に飛んだ可能性が高いという。「脳梗塞は再発率が高いため、手術で頸動脈を広げる必要がある」と宣告された。少し時間を置いてから、手術に踏み切る予定である。

おかげさまで、現時点では後遺症や痺れもなく、以前と変わらぬ生活を送れている。早期の気付き、早期の入院、そして迅速な治療開始が病状の進行を防いでくれたのだと思う。私の異変を直感的に見抜いた妻には感謝しかない。

病院でもらった資料には「片方の顔や口がゆがむ・しびれる」「片腕に力が入らない」「呂律が回らない、言葉が出ない」場合は「すぐに119番」とある。小さな変化を見過ごさないことが、何よりも重要であると痛感している。

ジャーナル(6日)、人生初の入院報告、早期気づきと瞬時の入院決断でことなきを得る=医療の進歩と看護師の優しい対応を実感

何かの参考になればと思い、個人的な入院の経緯を書き留めることにする。6月25日(木)、朝起きて着替えしているときに異変に気づく。パジャマを脱ごうとすると床にポタポタと唾液が落ちる。最初に「変だな」と思った瞬間だ。ズボンにベルトを通そうとするが、うまくいかない。着替え終わってスマホを左手に持ったが、歩き出す前に床に落としてしまう。

階段を降りて1階へ。普通に降りられる。朝食で妻と向き合う。おはようと声をかけた途端に妻が「喋り方が変」という。今朝は和食。味噌汁の具を口に入れ、汁を一口飲む。具が無意識のうちに口からこぼれ落ちる。この時点で妻は「食事が終わったらすぐに病院に行きましょう」と宣告。自分で運転していくつもで「そうだね」と返事。だが妻は「だめ、私が運転していく」という。

かくして市内の脳神経外科クリニックに直行。私としては初めてのクリニック。場所もよく知らない。おそらく自分で運転してたら、すんなりくとはクリニックに辿り着けなかった気がする。受付をしてしばらく待機。順番が来て診察室へ。担当の医師が2~3質問したあと「MRI検査をします」と指示が出る。MRIは初めてではないが、ガーピーという強烈な音に耐えて検査終了。

待合室で待っていると担当医に呼び出される。MRIの画像を見ながら脳後頭部の顔筋や口の筋肉を司どる分野に白い画像が点々と散見される。「脳梗塞です」、担当医が特段変わった様子もなく病名を告げる。「今から紹介状を書きますからそれを持って市立病院に行ってください」。追加的に「紹介状と画像の入ったCDを緊急外来という受付で渡してください」と指示される。

最初何の事かよくわからなかった。「今すぐですか」と振り返ってみれば間抜けな質問をしていた。この時点ではいったん家に帰ろうと思っていたのだ。「いやすぐに行ってください」、医師の決然たる声に押されるように病院に向かった。

受付を済ますと担当医が来る。問診のあと血液採取して点滴が始まる。これも人生初めての経験だが車椅子に乗って検査室に移動。CT検査をしてレントゲン撮影をした気がするが、記憶は定かではない。このあと病室に案内される。かくしてあっという間に入院生活が始まる。

入院後は昼番、夜番の看護師さんが親切、丁寧に優しく看護をしてくれた。看護師不足が日本全国で危機的状況だが、どの看護師さんもみな親切に対応してくれた。とりあえず看護師さんの給料をあげるべだと実感した次第。治療はほとんどなくもっぱら点滴と、毎朝飲む薬で血液をサラサラにするのが治療がメイン。この間、生理機能検査室でCTやMRIの検査を受けほか、耳鼻咽喉科などで診察を受ける。

医師は入院の当初から「脳梗塞の原因を調べます」と宣言していたが、最終的な病状っ説明でその原因が通告された。右顎下あたりの頸動脈が狭窄状態で極端に細くなっており、ここで血栓が作られ何らかの原因でその血栓が脳内に飛び散ったのではないかという。「脳梗塞は再発の可能性が高いので、最終的に手術でこの部分を改善する必要がある」と宣告された。ちょっと間をおいて手術に踏み切ることにしている。

おかげで現時点では後遺症も痺れもなく、以前と変わらぬ生活ができている。早期の気づき、早期の入院、早期の治療開始が病状の進行を防いだ気がする。変だと直感的に気づいた妻に感謝。病院でもらった資料には「片方の顔や口がゆがむ・しびれる」、「片腕に力が入らない」、「呂律が回らない、言葉が出てこない」場合は「すぐに119番」とある。要するに小さな変化を見過ごさないことが重要だということだ。