米中間選挙は、民主党の歴史的大勝となった。最近のトランプ大統領の行動を見ていれば、今回の結果は当然の帰結であり、その敗北は米政治の復元力を示したように思う。「隠れトランプ」が結果を覆すこともなく、5000ドルの給付構想も有権者の批判をかわす決め手にはならなかった。米有権者の健全さが示されたといえるだろう。
トランプ氏の敗北をめぐっては、すでにさまざまな敗因がメディアで語られている。イラン戦争を直接の敗因とする意見も多い。ヴァンス副大統領も、この戦争にどれほどの価値があったのかを問い、トランプ氏と距離を置く姿勢を示している。2028年の大統領選挙を見据え、共和党内では早くも主導権争いが始まったと見ることもできるだろう。
だが、より根深い敗因は何か。イラン戦争も大きな要因の一つであることは間違いない。しかし、私は、トランプ氏が「ラストベルト」(Rust Belt、さびついた工業地帯)の教訓を忘れたことにあると考えている。
2016年の大統領選挙で、トランプ氏は共和党の激しい予備選挙を勝ち抜き、当初は泡沫候補と見られていた立場から、米国の大統領へと一気に駆け上がった。その勝利を支えた重要な地域の一つが、ラストベルトだった。米国の中西部から北東部に広がるこの一帯は、かつて米国を代表するものづくりの拠点だった。
しかし、コスト削減を優先するグローバル化が進むにつれ、中国などへの工場移転や海外製品との競争激化によって、製造業の雇用が失われていった。失業や地域経済の低迷、地域社会の荒廃に苦しむラストベルトは、病める米国の象徴となった。
そこに登場したのがトランプ氏だ。「米国第一(America First)」と「米国を再び偉大に(Make America Great Again、MAGA)」を合言葉に、自由市場を重視してきた共和党の路線転換を図り、製造業大国としての米国の復活を訴えたのである。
コロナ禍を経て、グローバル化に伴う供給網の脆弱さは、各地で明らかになった。日本でも、「アベノマスク」の配布が象徴するように、マスク不足が深刻な社会問題となった。当時、日本のマスク供給は、中国をはじめとする海外からの輸入に大きく依存していた。
トランプ氏が訴えた工場の国内回帰と、高市政権が「責任ある積極財政」の柱の一つに掲げる危機管理投資には、生産基盤や供給網を強化するという共通の問題意識がある。反グローバリズムを掲げたMAGAには、トランプ氏を大統領に押し上げただけでなく、効率優先の国際経済のあり方に再考を促した意義があったと私は考える。
ところが、最高権力者となったトランプ氏は、ラストベルトの人々の苦境を忘れたかのように、自己中心的で独善的な振る舞いを強めていった。イラン戦争を見るまでもない。特に10月9日のプーチン・ロシア大統領との電話会談以降、ロシアに肩入れし、ウクライナのゼレンスキー大統領を軽んじる姿勢を露骨にしていた。
ラストベルトで困窮にあえぐ労働者に光を当てようとした政治家が、いまや、侵攻と攻撃によってウクライナの人々を苦しめるプーチン氏に肩入れしている。置き去りにされた人々を救うという原点は、どこへ行ったのか。その原点を失ったトランプ氏率いる共和党の敗北は、当然の帰結としか言いようがない。
国際政治学者の高坂正堯氏は、国家を「力の体系」「利益の体系」「価値の体系」という三つの側面から捉えた。トランプ氏は軍事力を背景に米国の利益を追求しようとした。しかし、どのような国際秩序や社会を目指すのかという「価値」の軸は、その都度揺れ動いていた。これでは、一貫した価値観がないのと同じではないか。
選挙に大勝した民主党にも、歴史を切り開く価値観が十分にあるとは思えない。目立つのは、現政権への批判である。振り返れば、トランプ氏は2016年、オバマ政権を批判して大統領になった。2020年には、バイデン氏がトランプ政権を批判して当選した。2024年には、再びトランプ氏がバイデン政権を批判し、大統領の座を取り戻した。現政権への不満を追い風に政権交代が繰り返されだけ。その先に何を築くのかが見えにくい。
価値観なき政争。米国に限らず、世界中で繰り広げられている政治の実態は、こうしたものではないか。2028年の大統領選挙に向けても、同じ応酬が繰り返されるのだろう。その間、プーチン大統領も習近平総書記も、側近に守られて権力を維持し続けるのかもしれない。一方、トランプ氏の大統領任期は2029年1月に満了する。残された約2年で、米国は次の時代を切り開く価値観を示せるのだろうか。