女性記者に「番記者」を続けさせたテレビ朝日に責任はないのか?(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 財務省の福田淳一事務次官が辞任を表明した。今週発売の「週刊新潮」に書かれた女性記者に対する「セクハラ問題」についての責任をとったものだ。これについてはインターネットで音声が公開される異例の展開になっているが、彼はセクハラの事実を否定している。

他方でテレビ朝日は、4月19日深夜に記者会見を開いて、問題の女性記者がテレ朝の社員であることを明らかにした。セクハラの事実関係は彼らも確認できないが、その女性社員が福田次官との会話を無断で録音して外部に音声データを渡したことを認めて謝罪した。

財務事務次官のエッチな言葉

この事件では当初、インターネット上で公開された録音に「胸触っていい?」などの言葉があったことが注目を集めた。この声が自分のものであることは福田次官も否定していないが、新潮社に対して「名誉毀損で訴訟を起こす準備をしている」とも語っている。

名誉毀損だといいながら辞任した福田氏の行動は矛盾しているが、今のところセクハラとは断定できない。当の音声データが、どこまで本物か分らないからだ。ネット上で公開された音声は何カ所も編集され、文脈が混乱している。

週刊新潮によれば、女性記者は2016年11月から今年4月まで「自分の身を守るために」福田氏との会話を録音していたという。彼女はテレビ朝日の「福田番」だったと思われるが、福田氏はたびたび彼女を呼び出して2人だけで食事をしたという。

週刊新潮によると、その会話はこんな調子だ。

記者 福田さんは引責辞任はないですよね?
福田 もちろんやめないよ。だから浮気しようね。
記者 今回の森友案件で、一番大変だったことってなんですか?
福田 いろいろ大変だったけど、これからがうんこだから。胸触っていい?

全体として、女性記者が核心にふれる質問をするとエッチな言葉が出てくる。音声が元はどうつながっていたかははっきりしないが、福田氏がそういう猥談をしたことは事実だろう。それ自体はほめられたことではないが、財務省の業務に支障の出る問題ではない。

オフレコ情報を週刊誌に売り込む背信行為

それより重大なのは、女性記者が事務次官の話を録音し、それを週刊誌に流したことだ。この会話はもちろんオフレコなので、無断録音である。テレ朝はこの点について「第三者に録音を渡したことは不適切な行為だった」と謝罪した。

ここには無断録音と情報の横流しという2つの問題がある。無断録音は記者がメモとして使うだけなら許されるが、オフレコ取材は文字通り録音抜き(off the record)だから、録音しないことが鉄則だ。

それを直接、引用することもルール違反で、記事で使う場合は「政府首脳によると」などとぼかすことが慣例だ。もちろん音声データを使うことはありえない。そういう「オフレコ破り」をやったら、当の記者のみならず、その社も記者会見以外の取材はできなくなる。

録音の漏洩は、さらに重大な問題だ。事務次官がテレ朝の記者に話すことは、記者クラブの加盟社の暗黙のルールの中で使われるという前提なので、それ以外のメディアに横流しすると信頼関係は崩壊してしまう。

2008年に朝日新聞の記者が録音データを漏洩した事件では、その記者は退社処分となった。今回の事件はそれに近いが、もとの音声がインターネットで公開され、事務次官の辞任という結果に結びついた点でさらに重大だ。

これを不問に付したら、テレビ朝日の記者は「夜回り」などのオフレコ取材はできなくなるだろう。役所の広報以外の報道ができなくなるのは言論機関の自殺行為である。

記者クラブをなくすしかない

福田氏の行為をセクハラと呼ぶかどうかは微妙なところだ。ハラスメントは「執拗に悩ませる」という意味なので、通常は雇用関係のある上司との問題だ。ハリウッドのように継続的な契約上の優越的地位を利用する場合もあるが、取材先によるハラスメントというのは日本以外ではありない。

日本では取材先と記者クラブとの長期的関係があるので、ある種のハラスメントが起こりうるが、これを回避することは容易だ。本件でいうと、その女性記者は被害を報告していたので、上司が配属を変えればよかった。

記者クラブを変えるのは半年単位だから、1年半は長い。しかも福田氏が主計局長のときから事務次官になっても同じ女性記者が「番記者」を続けていたのは異例だ。彼女もそれを拒否しなかったのだから、一時は福田氏との個人的関係を利用していたのだろう。

このへんはテレ朝も会見でごまかしており、事実関係がはっきりしないが、上司がそういう特殊な関係を意図的に利用した疑いもある。福田氏もそれを承知の上で、「胸触っていい?」などととぼけていたのだろう。

その関係が、どこかでおかしくなった。福田氏と彼女の人間関係のこじれかもしれないし、女性記者が番記者を外れたためかもしれない。それだけなら大した話ではないが、音声がネットで公開されたために問題が必要以上に大きくなった。

女性記者は「反省している」というが、これは女性記者全体に影響する。これから重要な人物は「セクハラ」という錦の御旗で攻撃されることを恐れて、女性の取材はオンレコしか受けなくなるだろう。

こんなことは常識で考えれば分かるはずだが、番記者をやるような若い記者には徹底していないのかもしれない。テレ朝は財務省に抗議するより、社員教育をやり直すべきだ。

こういう問題をなくすには、番記者などという奇習をやめるべきだ。こういうハラスメントが起こるのは、取材先と記者の閉鎖的な関係を維持する記者クラブが原因だから、根本的な対策は記者クラブを廃止することしかない。

筆者:池田 信夫