NHKが10日に発表した8月の世論調査結果に、あ然とした。高市政権の支持率が53%と前回比5ポイント低下し、就任以来の最低に沈んだからではない。むしろ深刻なのは、野党の支持率が軒並み低下していることだ。
野党で最も支持率が高かったのは共産党の3.4%(前回比1.9ポイント増)で、それ以外は2%台に落ち込んだ。中道改革連合に至っては1.7%(同1.4ポイント減)である。もはや野党は、政党としての体を成していないのではないか。
高市内閣の支持率は53%に低下したが、自民党の支持率は前回に比べて0.7ポイント低下したものの、35%と高い水準を維持している。元自民党参院議員の青木幹雄氏が提唱した「青木の法則」(内閣支持率と自民党支持率を足したもの)に照らしてみれば、政府・自民党の支持率は88%ということになる。高市首相が今、解散・総選挙に打って出れば、楽勝、大勝は間違いないだろう。
野党で最も支持率が高いのは共産党である。しかし、おそらく共産党そのものが支持されているわけではない。他の野党が軒並み落ち込んだ結果にすぎない。
野党で支持率を伸ばしたのは、共産党に加えて「チームみらい」と日本保守党だけである。主要野党は全滅だ。どうしてこうなるのか。すぐに思い出すのは、7月に終了した前国会での野党の対応である。
参院にすべての未成立法案の審議が移った際、野党第1党の立憲民主党は「熟議」を求めて法案の審議を拒否した。これに他の野党も賛同し、参院の審議がストップした。この国会対応に対する評価が、政党支持率に表れた結果ではないだろうか。
立憲民主党の国対委員長はこの時、渋面をつくりながら連日テレビに登場し、高市首相ならびに自民党の国会運営を批判した。その主張の核心として、審議時間が過去の例に比べて短いことや、高市首相の国会答弁に誠意が見られないことなどを挙げていた。
高市首相は、従来の慣例にとらわれない首相である。国会の審議に首相を縛り付けることに、どれほどの意義があるのか。首相は国会の慣例に配慮してNATO首脳会談を欠席した。それでも野党は審議拒否を続け、参院の審議は止まったままだった。
それ以上に、「責任ある積極財政」は、従来の前例を完全に無視した、ある種の財政革命である。しかし、野党はどの党もこの革命に真摯に向き合おうとはしなかった。
コロナ全盛期のあの危機的な状況の中で、私が感じたことがある。政権や政治家、官僚よりも、はるかに国民の方が冷静で、包容力があり、賢かったということだ。
菅首相(当時)や小池都知事が口を酸っぱくして「ソーシャル・ディスタンス」の必要性を説くまでもなく、国民は率先して他人との一定の距離を維持していた。これは単なるアナウンス効果ではない。国民の間に共有されていた、日本人の「性(さが)」のようなものだったのだろう。菅首相も小池都知事も、国民の「性」に救われたのである。
翻って野党である。8月の支持率低下を見ても、野党は国会対応を変えないだろう。個人的には、それはそれで「頑張れ」と、旧態依然とした対応にあえて逆説的な応援を送りたい気もする。
だが、おそらく国民は、そんな野党を支持しないだろう。一部の頑迷固陋な支持者を除けば、投票もしないだろう。国民に寄り添わない政党は、どの国においても置いてきぼりを食う。
この集団の中に、国民民主党と参政党が含まれていることには、大いなる驚きを感じている。この両党は、「国民に寄り添う」ことが立党の精神ではなかったか。
別に、政権入りを目指すべきだと言っているわけではない。国民に寄り添わない政党に未来はない。ただ、それだけである。