ざっくり言うと

  • 財政赤字を容認する金融理論「MMT」は日本経済を救うのか識者に聞いている
  • 日本銀行が「最後の貸し手」となるため、返済不能の事態にはならないそう
  • 貨幣の供給量を調整してインフレを誘導し、経済成長させることは可能という

いくら財政出動しても破綻しない?日本経済を救う金融理論「MMT」

「MMT」は、ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授が90年代から提唱している理論。2016年の大統領選でサンダース上院議員の政策顧問だった

「MMT」は、ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授が90年代から提唱している理論。2016年の大統領選でサンダース上院議員の政策顧問だった

アメリカを中心にブームの兆しを見せている金融理論がある。その内容を簡単に言うと、「一部の国は超財政赤字でも大丈夫。むしろ借金しまくってインフレを起こせ!」というもの。この一部の国に日本も含まれるという。

果たしてこの理論は、日本経済を救う切り札か? それとも単なる妄想? できる限りですけど、わかりやすく解説します!

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■「消費税ゼロ」と大盤振る舞いの「財政出動」

むなしく響く「財政健全化」のかけ声。昨年末時点での日本政府の債務はついに1100兆円を突破し、対GDP比で約226%という規模にまで拡大した。

安倍政権は当初の予定どおり、今年10月に消費税を10%に引き上げる方針だが、最終的な目標である「プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化」には、それも焼け石に水のようだ。

先日来日したOECD(経済協力開発機構)のグリア事務総長は、日本は消費税の税率について「将来的に20~26%まで引き上げる必要がある」と発言。日本の財政状況に厳しい見方を示した。

消費税が今の倍以上になるとか……ふざけんな!!と言いたくなる。

ところが、最近「財政赤字はいくら拡大しても大丈夫。むしろ政府はどんどん国債を発行して、積極的な財政出動をするべし!」と、トンデモナイ(?)ことを言いだす人たちが現れて議論を呼んでいる。4月1日、新たな政治団体「れいわ新選組」を立ち上げた山本太郎参議院議員もそのひとりだ。

山本氏の「れいわ新選組」が打ち出した政策は消費税廃止や奨学金返済免除、時給1500円の最低賃金保証、公務員の増加、公共事業の拡大など、「おいおい、財源はいったいどうするんだよ!」と思わずツッコみたくなるものばかり……。

そんな外からのツッコミに対して、彼らの主張を支えるのが、「MMT」と呼ばれる新たな金融理論なのだという。

本当に「財政赤字なんか気にせず、消費税ゼロにしてバンバン財政出動」できるのなら、そりゃもちろん大歓迎だが、果たしてそんな都合のいい話を信じてもいいものか? そもそも、MMTとはなんなのか?■「独自の貨幣を持つ国はいくら借金しても財政破綻しない」

MMTとは現代貨幣理論(Modern Monetary Theory[モダン・マネタリー・セオリー])の頭文字を取った金融理論だ。

この理論自体は1990年代から存在したといわれているが、それがにわかに注目を集めるようになったのは最近のこと。

アメリカでは昨年、29歳の最年少でアメリカの下院議員選挙に当選し、将来の女性大統領候補ともいわれる民主党のアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員が、環境保護政策で数百万人規模の雇用創出を目指す「グリーン・ニューディール」を提唱。その際、「10年で7兆ドル(約800兆円)」ともいわれる同事業にかかる巨額費用の財源の根拠としてMMTを挙げたことで注目され、経済学の世界やメディアでも、大きな議論が巻き起こっているのだ。

とはいえ、経済学者の中でもMMT支持派は少数派。また、前述した「れいわ新選組」の山本氏やアメリカのオカシオコルテス議員も、財政赤字に縛られずに積極的な財政政策が必要だとの主張に「単なる反緊縮主義のポピュリストだ」という批判も受けている。

「旧来の経済学者やメディアの多くがMMTを『異端だ』『極論だ』と批判していますが、それも当然。MMTには天動説が地動説に取って代わるほどのインパクトがある。これまで財政赤字を悪だととらえていた人たちからすれば受け入れ難いのでしょう」

そう語るのは、日本のMMT論者のひとりで、安倍内閣官房の元参与だった京都大学大学院教授の藤井聡氏だ。

「MMTをひと言で言うなら、『貨幣とは負債だ』という考え方を前提にして経済政策のあり方を考える理論です。

一般に貨幣は、それ自身に価値がある『商品』と考えられています。が、それは間違い。本当は、貨幣は負債(借金)における『借用書』なのです。『信用』と言い換えてもよい。MMTは、そんな『貨幣の実態』に基づいて経済政策を考えます」

いきなり「貨幣とは負債だ」と言われても、いまひとつピンとこないが、とりあえずおいておこう。では、MMTをもとにした経済政策は、なぜ国の財政赤字がいくら膨らんでも大丈夫だと考えるのか? 藤井氏が続ける。

「その最大の理由は、日本やアメリカのように政府独自の貨幣を発行する権利を持つ国は、中央銀行(日本なら日本銀行)が『政府にとっての最後の貸し手』として存在しているので、(その債務が自国通貨建ての債務である限り)債務が返済できなくなる事態は生じないのです。つまり、政府に借金返済のためのカネを誰も貸してくれなくなっても、中央銀行が最後の貸し手としてカネを貸してくれるから、借金返済できないという事態にはならないんです」

独自の貨幣を発行できない国は例外なんですね。

「そうです。その代表例が12年に実質的に財政破綻したギリシャでしょう。ギリシャはユーロ(欧州連合の単一通貨)圏に加わり、独自の通貨発行権を失っていましたから、ギリシャ政府には先ほど言った『中央銀行という最後の貸し手』がなかったんです」

藤井氏によると、「MMTの主張の正しさを期せずして証明しているのが、ほかならぬ日本だ」という。どういうことか?

「すでに政府がGDPの226%近い債務を抱えているにもかかわらず、日本の国債は暴落せず、ゼロ金利のまま。これは市場が『日本は財政赤字で破綻しない』と考えているからにほかなりません。

むしろ、『貨幣は負債』だと考えるなら、政府が(自国通貨建ての)国債を発行し『カネを借りる』ことを通して、税収とは無関係に貨幣の供給量を調整できるので、国債を”適切”に発行することによって市場の貨幣の量を増やし、マイルドなインフレを誘導して経済成長させることが可能になります。

逆に言えば、政府の借金が足りない、つまり『望ましいレベルのインフレを起こせる程度の額』より少ない水準でしか国債を発行しなければ、日本がデフレを脱却することは難しいんです。

この状態を放置し続ければ、経済の低迷は終わらない。これこそがプライマリーバランスばかりを気にして財政規模に制限をかけ続けている日本経済の現状です。

アベノミクスによる『異次元の量的緩和策』をこれだけ続けても、いまだに2%のインフレすら達成することができず、消費も所得も伸び悩んでいる大きな原因もそこにあります。

そして、そんな状態で消費税を引き上げれば、さらなる内需と消費の縮小を招き、日本経済に大きな打撃を与えることは間違いありません。その結果、税収が大幅に減れば、増税で財政赤字がさらに悪化するという、本末転倒な事態に至ります」

ちなみに、国内外のMMT論者たちは「財政赤字で国家は破綻しない」と言いつつも、決して「政府は無制限に債務を拡大してもいい」と言っているわけではない。

「国債を発行しすぎると、それによって国内の供給力を大幅に上回るほどの需要が生まれ、その結果、過剰なインフレを引き起こす可能性は認めているからです。

従って、経済の順調な成長につながる3、4%程度のマイルドなインフレを上限に、その範囲内で積極的な財政出動を展開します。そして、新たな雇用を創出するなどして、経済を活性化させよう、というのがMMTの考え方です」(藤井氏)■「経済観の大転換」になりえる……のか?

さて、MMTについて藤井氏にじっくり解説してもらったが、いろいろ疑問は残る。果たしてこの考え方をもとにした経済政策で、本当にインフレ率や金利を「適正な範囲」にコントロールできるのか。

また、国債の発行で市場へのお金の供給が増えても、結局、一部の誰かに集中すればさらなる格差の拡大につながるという可能性だって否定できない気もする。

だが、仮に、長年日本の財政政策を縛ってきた「財政健全化という呪縛」から解放され、日本の経済政策に積極財政という新たな道が開けるなら藤井氏が言うように「天動説」から「地動説」といえる大転換だ。

そもそも、やれ「財政健全化だ」「プライマリーバランスの黒字化だ」といって、財源不足を理由にあれこれイチャモンをつけながら、毎年、毎年「過去最大の予算規模」を繰り返し、結局、無駄遣いが止まらないのが日本の財政だ。

その結果、財政赤字は拡大を続け、経済も所得も上向かず、必要な公共投資や社会保障費ばかりが「財源不足」で削られて、しまいに「消費増税」では、なーんもいいコトないではないか?

ならばいっそ、ケチケチせずに「カネならある、借金すればいいのだ!」と開き直って「本当に必要なコト」にドーンと投資してみる……というのもアリかもしれない。

取材・文/川喜田 研 提供写真/2019年 ロイター