トム・オコナー

仲介役は果たせたのか?(6月12日、テヘランで安倍首相を歓迎する式典。隣りはイランのロウハニ大統領) Official President website/REUTERS

<アメリカとの仲介役を果たすべくイランを訪問した日本の安倍首相だが、トランプもハメネイ師も譲歩の気配は微塵も見せておらず、説得は至難の業だ>

朝鮮半島の核問題では、蚊帳の外に置かれた感のある日本が、アメリカとイランの緊張が高まると、ここは日本の出番とばかりに安倍晋三首相が6月12日~14日の日程でイランを訪問している。交渉の橋渡し役を務めるためだ。

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日本の首相がイランを訪問するのは41年ぶり。イランでは1979年の革命で欧米寄りの国王が国外に逃亡し、イスラム教シーア派の指導による共和制が成立。以後ほぼ一貫して、この国は日本の最も重要な同盟国であるアメリカと敵対関係にあった。イランの核兵器開発をめぐる両国の緊張が一触即発の様相を呈すなか、6月12日にイランの首都テヘラン入りした安倍は、出発前に羽田空港で記者団に次のように決意のを語っていた。

「中東地域では緊張の高まりが懸念されている。日本としてできる限りの役割を果たしたい」

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北朝鮮問題で日本は置き去り

6月12日に行われたイランのハサン・ロウハニ大統領も会談では、安倍が公式ツイッターで述べた「地域の平和と安定」を望む思いに共感を示した。だが友好ムードはともかく、日本が緊張緩和に実質的に貢献できるかは疑わしい。北朝鮮との首脳会談も実現していない状況ではなおさらだ。

2016年の米大統領選でドナルド・トランプが予想外に勝利を収めると、各国首脳が対応に戸惑う間に安倍はすぐさまニューヨークに飛び、トランプタワー内のペントハウスを訪問。各国の首脳中一番乗りで就任前のトランプと会った。翌2017年には、トランプと北朝鮮の最高指導者である金正恩(キム・ジョンウン)党委員長が激しい威嚇の言葉を交わし始めたときも、常々日本を脅してきた北朝鮮が日本近海や上空に向けミサイル発射実験を繰り返すなか、安倍は一貫してトランプ側についた。

だが東アジアの各国の関係図は2018年初めに大きく変わる。金正恩が突然、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領に対話を呼びかけ、さらにトランプがそのプロセスに加わったのだ。以後、北朝鮮の核問題解決のために作られた6者協議の参加国のうち、日本を除く4カ国、韓国、アメリカ、ロシア、中国の首脳は次々に金正恩と会談。安倍だけが置き去りだった。

東アジアの他のプレイヤーと違って、「日本と北朝鮮は今すぐ2国間対話を行うような政治的インセンティブがないからだ」と、米シンクタンク・カーネギー国際問題倫理評議会の「アジア対話プログラム」を率いるデビン・スチュワートは指摘する。

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2018年6月にアメリカの大統領と歴史的な会談を果たすまでに、金正恩は、既に韓国、中国、ロシアを訪問し、華々しい外交デビューを果たしていた。今さら安倍と並んでカメラに収まっても、得られるものはない。核実験と長距離ミサイル発射実験の停止では、表向きは既にアメリカに譲歩している。「より射程の短いミサイルの実験は米朝間では交渉材料になっていないので、下手に安倍と会談すればそれを失うリスクこそあれ、メリットはない」と、スチュワートは本誌に語った。北朝鮮は今年5月に短距離ミサイルの発射実験を再開したと伝えられており、日本がミサイルの射程圏内に置かれている状況は変わっていない。

一方、日本にとって最も重要な課題は拉致問題だ。1970年代末~1980年代初めにかけて、政府が認定したケースだけでも17人、おそらくは800人もの日本人が北朝鮮の工作員に連れ去られたとみられている。拉致問題は「政権の最重要課題」と言ってきた安倍は最近になって方針を変え、拉致問題が明確に議題にのぼらなくとも「前提条件なしで」金正恩と会う用意があると述べたが、「安倍が(この問題で)何らかの進展を勝ち取れないとすれば、政治的なリスクは非常に大きい」と、スチュワートは言う。

国際社会もイランの味方

北朝鮮とは対照的に、ここ数年アメリカとの関係が急激に悪化しているイランに安倍が行くのは意外に思えるかもしれない。だがアメリカの同盟国でありながらイランなど中東諸国とも友好関係を築いてきた日本は、こうした不和こそ有能な仲介役として自国をアピールできるチャンスだと考えてきた。しかも今回は、国際社会もトランプではなくイランの味方だ。

イランは2015年、核兵器保有を諦める代わりに経済制裁を解除してもらう核合意をアメリカ、中国、EU、フランス、ドイツ、ロシア、イギリスと結んだ。日本は核合意の当事国ではないが、やはりこの合意を支持してきた。それをトランプ政権が昨年、一方的に離脱して経済制裁を再開したのだ。イランの弾道ミサイル開発や、外国の武装組織に対する支援を阻止するには、役に立たない合意だった、というのがトランプの主張だ。

トランプ政権は、日本をはじめ8カ国に対しては、イラン産原油の禁輸措置を一時的に免除していたが、5月からは例外もなくなり全面禁輸が施行された。輸入原油に依存する日本だが、逆らえばトランプ政権の制裁を受けかねなず、従わざるを得ない。

安倍はロウハニ大統領とイランの最高指導者ハメネイ師との会談で、間違いなくこの問題を話し合っただろう。保守強硬派のハメネイ師は「アメリカとの交渉は毒だ」と述べ、対話にも応じない考えだ。トランプもハメネイも、譲歩の意思は微塵も見せておらず、安倍が間に立っても、どちらかを説得するのは至難の業だ。

それでもトランプは安倍のイラン訪問にゴーサインを出した。5月の訪日で安倍と並んで記者会見を行った際には、安倍は「イラン指導部と緊密」な関係にあると発言。安倍のイラン出発直前にも、電話で話し合った。ただ、トランプは、「彼らが話し合いを望んでいるなら、こちらも望むところだ」と言っているだけで、安倍が紛争解決の国際的な立役者になれるよう、何らかの「手土産」を持たせたかどうかは分からない。

日本政府は「世界平和のために建設的な役割を果たす日本」を国際社会にアピールしたいと考えていると、スチュワートは言う。それは「非常に良い」ことで、「アメリカはそれを支援して、有効に活用すべきだ」。