[東京 24日] – 年の瀬においては平時に増して今年の振り返りや来年の展望をお話させて頂く機会が増える。そうした場において最も照会を受けるのが「なぜこれほど動かなくなってしまったのか」という論点と、これを打破するという意味での「2020年、あえて言えば最大のリスクはどこにあるのか」という論点である。 

見通しという観点からは後者が重要になるわけだが、言うまでもなく米中貿易戦争の行方次第という面は小さくないのだろう。20年もツイッターを筆頭とするトランプ米大統領の一挙手一投足から目が離せない時間帯が続いてしまうことは覚悟したい。しかし、これは事前に想定できない話だ。 

<2020年、「左派リスク」による円高はあるか> 

一方、予定が決まっているイベントとしては、やはり11月3日に実施される米大統領選挙の行方を気にする向きが多い。主要株価指数が断続的に史上最高値をつける現状が続く限り、トランプ大統領の再選は堅いというのがメインシナリオであろうが、年央が近づくに連れ、様々な思惑が交錯する場面も予想される。 

より厳密には民主党候補者に誰が指名されるのかが金融市場にとって極めて重要な論点であり、これは7月13─16日に中西部ウィスコンシン州ミルウォーキーで開催される党全国大会での指名を経て決定することになる。既報の通りだが、とりわけ左派色の強いウォーレン上院議員やサンダース上院議員が優勢というムードになれば株式市場の動揺を通じて米金利が低下、結果として円高・ドル安を招く時間帯は増えるだろう。 

今年を振り返れば、そうした米大統領選挙における左派リスクが意識されて為替が動いたという印象はないものの、図を作成してみると良く分かるが、ウォーレン氏やサンダース氏の支持率合計を「左派リスク」と見なすと、「左派リスク」とドル/円相場JPY=には安定した関係があった。因果関係は定かではないものの、20年で参考にしたいチャートの1つだと考えている。 

バイデン前副大統領のような中道寄りの候補者が指名された場合は「現職勝利」というベースラインが変わらないと思われるが、ウォーレン氏のような極端な主張が展開された場合、本選の結果は読み難くなるという見方もある。本稿執筆時点ではウォーレン氏の支持率はまとまった幅で低下しているが、「左派リスクによる円高」の可能性は留意する価値のある論点であろう。<「共和党議員からの有罪票」は警戒> 

また、米大統領選挙に関連し、12月18日(米国時間)に米下院で可決されたトランプ大統領に対する弾劾訴追の影響も知っておく必要があるだろう。20年1月より米上院での弾劾手続きが始まることになる。 

もしこのまま手続きが進んで弾劾が成立すれば、政治混乱を嫌気した円高・株安・金利低下が一時的であれ生じる可能性は高い(もっともその場合でもペンス副大統領が代理を務めるので政治空白が生じるわけではないのだが)。しかし、周知の通り、米上院は与党・共和党が押えているため、弾劾成立に必要な3分の2以上の議員の賛成を確保できる見通しは基本的にはない。ここまでは見えている展開である。 

「見えている展開」にもかかわらず、野党・民主党が弾劾訴追手続きに乗り出しているのはなぜか。それは目的が大統領の罷免ではなく、大統領選挙を見据えたトランプ陣営への攻撃だからだというのがもっぱらの見方である。要するに議会手続きを政治的パフォーマンスに利用しているという話だ。 

下院で弾劾訴追されたのはジョンソン元大統領(第17代、1868年)、クリントン元大統領(第42代、1998─99年)に次いで史上3人目であり、たしかに重い決定である。民主党からすればそれ自体が大統領選挙に向けたアピールになるという考え方もあるが、誰もが政治的パフォーマンスと分かっていることに血道をあげることでかえって共和党を利するのではないかという声も出ている。 

筆者は政治の専門家ではないが、そうした見方は的を射ているように感じる。というのも、そもそもトランプ大統領の支持者は同氏を「そういう人物」と割り切って支持している層が多数ではないかと思われるからだ。極端な話、本件のような「低いモラル」を理由にしたトラブルで支持率が削られるのであれば、支持率はとっくの昔に地に堕ちているのではないか。いや、大統領に当選すらしていないかもしれない。 

それでも「今回は度が過ぎている」という思いから支持離れが起きるという可能性もゼロではないだろう。そのトリガーになるとしたら、現在は想定されていない「共和党議員からの有罪票」が出てきたときだろうか。その意味では1月から上院で行われる弾劾裁判は「結論」こそ見えているものの、その「過程」には注目する価値はある。20年最初の山場かもしれない。 

また、弾劾手続きに時間が費やされることで1月の一般教書演説や2月の予算教書提出など、恒例の政治イベントの発生時期が読みにくくなるという事実もある。そうした既定のスケジュールに支障を来してまで結論が見えている弾劾訴追手続きを進めるのはやはりパフォーマンスであり、相応の批判を浴びる覚悟でもこれを進めるしかないという民主党の苦しい台所事情も透けて見えてくる。 

まとめると、今後1年の米政治リスクという意味では1)民主党候補者選びにおける左派リスク、そして目先では2)「共和党議員からの有罪票」の有無──が想定外の円高をもたらすリスク材料として挙げられそうである<2020年も政治が主役となるのか> 

12月連邦公開市場委員会(FOMC)を経て、連邦準備理事会(FRB)はドットチャート上で現状維持方針を全面に押し出している。かかる状況下、20年の米金利が大きな潮流を伴って動くと想定するのは難しいというのが多くの市場参加者の見立てだろう。米金利が主役になれない中で為替市場の流れを決めるのはやはり今年同様、上で見てきた米大統領選米中貿易戦争そして英の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)の行方といった政治的材料になってしまいそうな気配がある。 

ちなみに、ブレグジットについてはジョンソン英首相が移行期間の延長を予め拒否しているため、通商交渉が座礁する中で再び混乱に至ることがほぼ確実と言っても過言ではなく、既に欧州委員会高官からはこれを不安視する発言が漏れ伝わってきている。英国とEUが双方合意の上で移行期間の延長可否を決断する期限が20年6月末までだ。 

そして、上述したように米大統領選の民主党候補者決定が同7月である。もちろん、年明け以降も同時並行で米中貿易戦争にかかわるヘッドラインも交錯するはずである。 

このように考えると、少なくとも20年上半期は経済・金融以前に、政治情勢を勘案した相場つきが支配的になる予感が強く、2019年以上に基礎的な計数を積み上げて資産価格を予想しようとするアプローチが報われにくい局面が続いてしまう可能性がある。 

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています) 唐鎌大輔氏

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。