ポスト安倍を選ぶ自民党の総裁選挙が始まった。一足早く立憲民主党と国民民主党の合流新党の代表を選ぶ選挙も始まっている。来年の10月には衆院議員の任期も切れる。それまでにはどこかで総選挙も行われる。1強と言われた安倍首相が辞任を表明したことを契機に、期せずして日本は選挙の季節を迎えた。コロナ禍が世界中を覆っている。米国の大統領選挙も終盤を迎えている。後世史家が振り返れば今年は、政治的な転換点のきっかけを作った年と評価されるかもしれない。そんなことを考えながら自民党と野党の代表選挙を眺めていた。そしてあることに気がついた。日本には民主党が3つもあるのだ。自由民主党、国民民主党、立憲民主党。社会民主党もあるが立憲民主党に含めて3つとした。何のことはない、日本は民主党国家なのだ。
政党の離合集散は無視するとして、日本の政治に多かれ少なかれ大きな影響力を及ぼしてきたのはこの3つの政党だ。3党のすべてが民主を党名に掲げているのは、よくよく考えれば極めて奇妙な現象だ。「民主」は3党に共通する基盤である。基盤が一緒ということはその部分で違いはないということだ。そこで、民主を削除してみる。すると3党は自由党、国民党、立憲党となる。民主が付かない方が3党の違いがよくわかる。そこで次なる質問。自由とは何か、国民とは何か、立憲とは何か。この2文字に込めた狙いは何か、そこを聞いてみたい。残念ながらいまの政治ジャーナリズムの世界では、誰もそんな愚問を発しない。仕方ないから自問自答する。
自由党が掲げる、あるいは安倍政治が追求してきた自由は行政執行権限の自由だろう。民主が基盤にある以上、行政の執行権限にはいくつもの制約がつきまとう。一方、国際政治は行政にかかる各種の制約にお構いなしに激しく揺れ動く。これに対応するために行政の執行はより自由でありたい。これが安倍自由党の本音だろう。これに真っ向から反対するのが立憲党だ。憲法を錦の御旗として掲げ、平和な日本を作り出すことよりも「平和憲法」を守ることに血道を上げる。合流新党には改憲論者も混じっている。総選挙が終われば党内の亀裂は再びあらわになるだろう。一番曖昧なのが国民党だ。大多数の国民に寄り添う中道政党のはずだが、国民党の名称からはそんな党のイメージはまったく浮かんでこない。この機会に党名を変更し、中道の理念をきちんと作り上げることだ。「言語明瞭、意味不明」は竹下元首相が愛用した言葉だが、日本の政治そのものを指している気がする。
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