【ワシントン時事】地球温暖化に伴う海氷減少で北極圏が「より開かれた海」に変わりつつある中、新たな航路や資源をめぐる大国間競争が過熱している。「北極近接国家」を自称する中国は進出を加速させ、ロシアは軍備を増強。米海軍は1月に「青い北極圏」と題した戦略文書で、中ロ両国に対抗するため、北極圏で軍事プレゼンスを拡大する必要性を訴えた。

 ◇新航路と資源

 「北極圏は新興の問題だとしばしば耳にするが、間違っている。既に起きている問題だ」。米シンクタンク、ウィルソンセンター極地研究所のマイケル・スフラガ所長はこう断言する。


 北極圏は世界の他の地域より約3倍速いペースで温暖化が進行する。夏季には氷で閉ざされていた海に新たな航路が出現。この北極海航路を使えば、アジアから欧州への航行距離はスエズ運河を抜ける南回り航路の6割に短縮され、輸送コストも大幅に削減できる。

 各国の注目は未開発の資源にも集まる。米地質調査所(USGS)によれば、北極圏には世界の未発掘の石油の13%、天然ガスの30%が埋蔵。鉱物資源や漁業資源も豊富とされる。

 ◇「前例ない試み」

 中国は2000年代から着々と北極圏進出の足掛かりを築いてきた。ノルウェーやスウェーデンに研究施設などを設置。北極圏8カ国から成る北極評議会にもオブザーバー参加を認められた。

 18年には初の北極政策白書を公表し、「氷上シルクロード」建設を表明した。今年3月に採択した5カ年計画でも、北極圏で天然ガスや鉱物などの資源開発を本格化させる意向を示した。

 一方、北極圏で最大の領土を持つロシアは新たな基地や部隊を創設し、軍備拡大を進める。1月に北極圏防衛を任務とする北方艦隊を軍管区に昇格。3月には軍事演習で原子力潜水艦3隻の同時浮上など「前例のない試み」(プーチン大統領)を行い、軍事力を誇示した。

 ◇米国のジレンマ

 米戦略国際問題研究所(CSIS)のヘザー・コンリー上級副所長は「米国最大の失策は北極圏における大国間競争の戦略的意義を理解しようとしなかったことだ」と批判。砕氷船の数でも53隻を保有するロシアと、現有4隻に加えて原子力砕氷船を含む2隻を開発中の中国に比べ、米国は2隻のみで大きく水をあけられていると指摘する。

 米海軍は戦略文書で「対抗措置を講じなければ、中ロは権益獲得を進め、戦略的利益の既成事実化を図る」と警告した。出足の遅れを取り戻すには、北極圏での軍事プレゼンス強化が不可欠だと危機感をにじませる。

 だが、米ランド研究所のアビー・ティングスタド氏は「軍備増強は緊張を高め、競争を過熱させる」と指摘。一方で「何もしなければ、中ロが『力の空白』に付け込んでくる」と述べ、米国が「安全保障のジレンマ」に陥っていると分析する。

 米ロを含む北極評議会の加盟国は20日、アイスランドで開かれた閣僚級会合で、北極圏の平和維持を前面に押し出した。「北極圏で紛争が起きても、誰も得をしない」とティングスタド氏。北極海が各国の艦船で混み合い始める中、偶発的な事故を軍事衝突に発展させないための枠組み確立が急務だと訴えている。