稲島剛史、River Davis

  • グーグル出身のカフナー氏はトヨタの自動運転や車載OS開発を主導
  • 自動車業界はソフトウエアの勝負に、企業買収や人材獲得競争も激化

世界最大の自動車メーカー、トヨタ自動車がクルマづくりにおいて「ソフトウエアファースト」への転換を進めている。従来のやり方を根本から覆す新たな開発思想で成功の鍵を握るのは、シリコンバレー出身で生え抜きが多数を占める同社では異色の経歴を持った米国人幹部だ。

ジェームス・カフナーCEOSource: Woven Planet

  トヨタ傘下で自動運転技術やスマートシティーの開発などを行うウーブン・プラネット・ホールディングス(HD)の最高経営責任者(CEO)を務めるジェームス・カフナー氏(50)はコンピューターアニメーション会社の起業や名門カーネギーメロン大学准教授などを経た後、米グーグルに転じて自動運転車開発チームの創設メンバーの1人となったほか、ロボティクス部門トップも務めた。

  2016年にトヨタの関連会社に入社。その働きが評価され、昨年6月にはトヨタ本体の執行役員、取締役にも抜擢されるなど社内での地位を着実に築き上げている。

  日本の伝統的なモノづくり企業とは縁遠そうなシリコンバレーの第一線で活躍する人材はなぜトヨタに移ったのか。カフナー氏はブルームバーグとのインタビューで、「質や安全へのコミットメントはトヨタのDNAに深く根ざしている」と語った。祖父を自動車事故で亡くしたというカフナー氏にとって、トヨタは同氏の「倫理基準と共鳴する会社」なのだという。

足りない1ピース

  トヨタに引かれる理由はそれだけではない。カフナー氏は、知能を持つ優れた車の開発のために足りないピースの一つは「システムを訓練するため」の膨大なデータだと指摘、世界最大の自動車メーカーで働くことでその問題に対処できるとの見方を示す。「販売台数の優位性はデータ、さらには技術での強みになり得る」との考えだ。

  自動車開発におけるソフトウエアの重要性は年々増している。米テスラは12年、自動車業界で初めて市販車に「OTA(オーバー・ジ・エアー)」と呼ばれる自動車のソフトウエアを無線通信で更新する機能を搭載。トヨタは今年4月に発売した高級ブランドのレクサス「LS」と燃料電池車(FCV)「MIRAI」に同社として初めてOTAでソフトウエアを更新する機能を搭載した。

  巻き返しに向けてウーブン・プラネットHDが開発を進めるのが車両ソフトウエアプラットフォーム「Arene(アリーン)」だ。同社は「Arene OS(基本ソフト)」を備えた同プラットフォームを5年以内に製品化することを目指している。同社によれば、Arene OSを搭載すれば「どのようなクルマにも同じコードを搭載」することが可能になる。

  カフナー氏は、スマホでは「AndroidとiOSがハードウエアとソフトウエアの再利用を可能とした。同じことが自動車業界で起きつつあるというのが私の見方だ」と語った。

独自OS投入の流れ

  車載用OSでの主導権を握ろうとしているのはトヨタだけではない。独フォルクスワーゲン(VW)は既に独自のOS「vw.os」を一部モデルに投入しており、将来的にグループ全ての車両に搭載するとしている。独ダイムラーも独自OSを24年に投入する計画だ。

  電動化や自動運転などの「CASE」と呼ばれる先端技術の開発に向け、既存の自動車メーカーはソフトウエア企業の買収やIT技術者の獲得を進めている。ウーブン・プラネットHDも7月、配車サービスの米リフトから自動運転部門の約5億5000万ドルでの買収を完了したほか、9月28日には自動車向けOSを開発する米レノボ・モーターズを買収したと発表するなど攻勢を強めている。

  米中のIT大手などの異業種参入が相次ぐ一方、伝統的な自動車メーカーがシリコンバレー企業から幹部を採用する動きも見られるようになってきた。最近では米フォード・モーターがアップルの自動車プロジェクト責任者を獲得したことが注目を集めた。

  デロイト・トーマツ・グループのパートナー、周磊氏は「トヨタのような自動車メーカーが今、受け取っているメッセージは次のようなものだ。『ソフトウエア攻勢を素早く強化しなければならない。あなたの製品の価値は変化しつつある』」。シリコンバレー人材の登用はそういったメーカー各社が適応しようとしている方法の一つだという。

  カフナー氏も「実際には全ての自動車メーカーは今やソフトウエア会社だ。単に多くの会社は表立って認めていないだけだ」とみている。より高い複雑性と多くのソースコードを持ったシステムが車に搭載されていることを踏まえ、「われわれは公式にソフトウエアファーストへの転換を進めることを決め、それに賭けている」と語った。

ソフトウエア開発が先行

  トヨタの豊田章男社長は20年3月のNTTとの業務資本提携を発表した記者会見で、これまではハードウエアとソフトウエアを一体開発するのが基本だったとした上で、今後は二つを分離しソフトウエアを先行して開発・実装する「ソフトウエアファースト」の考え方を取り入れていくと述べた。

  そうすることでスマートフォンのように、車でも「ソフトを更新するタイミングでハードはそのままに新しい機能・価値をご提供すること」ができるようになると語った。

  しかし、ソフトウエア主体の開発への移行は容易ではない。トヨタと自動車業界の覇権を争うVWはそのことを体感したばかりだ。同社が昨年発売した電気自動車(EV)「ID.3」は一部のソフトウエア機能が未搭載だった。発売後に保有者から多くのバグが報告されたとも報じられている。

  スイスの国際経営開発研究所でディレクターを務めるハワード・ユー教授は、数カ月から数年間先にトヨタのソフトウエア企業への転換に向けた取り組みが試される可能性があると指摘する。

  しかし、カフナー氏に焦りはない。同氏は「私がいつもシリコンバレーの全ての友人に言おうとしていることがある。自動車向けのプラットフォーム開発はパソコンやスマートフォンと同じではないということだ」と述べた。

  「ウェブブラウザーのクラッシュと車のクラッシュは全くの別物だ」と続け、車両向けのソフトウエアは念入りな設計による高い安全性を確保する必要があると強調した。

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