都内で開かれた集会にそろって出席し、「原子力発電ゼロ」を唱える(左から)鳩山由紀夫、小泉純一郎、菅直人の3元首相=2021年3月11日、東京・永田町の憲政記念館(奥原慎平撮影)
都内で開かれた集会にそろって出席し、「原子力発電ゼロ」を唱える(左から)鳩山由紀夫、小泉純一郎、菅直人の3元首相=2021年3月11日、東京・永田町の憲政記念館(奥原慎平撮影)

菅直人、小泉純一郎両氏ら5人の首相経験者が欧州連合(EU)欧州委員会に、東京電力福島第1原発事故の影響で子供が甲状腺がんに苦しんでいるとした書簡を宛てた問題で、福島県の関係者に反発が広がっている。国連の専門家委員会などの調査では福島原発事故と甲状腺がんの発症に因果関係が立証されていないからだ。甲状腺がんには治療する必要のない「潜在がん」も多く、裏付けに乏しい中で原発事故と甲状腺がんを結びつけようとする元首相らの行動は風評被害を広げかねない。(奥原慎平)

「科学的根拠に反するメッセージだ。日本の首相経験者という権威による『風評加害』のもとになる」

福島県の渡辺康平県議は31日、産経新聞の取材に菅、小泉両氏の行いについて憤りを隠さなかった。

菅、小泉両氏に鳩山由紀夫、細川護熙、村山富市の各氏を加えた5人の元首相は27日付で、欧州委員会の委員長に欧州のエネルギー政策を脱原発にかじを切るよう呼びかける書簡を送った。渡辺氏が問題視するのは甲状腺がんについての記述だ。

書簡は福島原発の事故の影響に触れ「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ、この過ちを欧州の皆さんに繰り返してほしくない」とした。だが、福島原発事故に伴う甲状腺がんの発症は関連性は認められていない。

放射線医科学の専門家などからなる国連放射線影響科学委員会(UNSCEAR)が3月に公表した福島原発事故を受けた住民の健康影響に関する2020年版の調査報告書は、福島県内で発症した甲状腺がんについて被曝(ひばく)が原因ではないとの見解を示す。

福島県の県民健康調査の検討委員会も令和元年6月、事故当時18歳以下だった県内全ての子供を対象に実施した甲状腺検査の結果について「現時点において、甲状腺がんと放射線被ばくの関連は認められない」と報告している。

菅、小泉両氏らの書簡は宮城県にも波紋を広げた。宮城の村井嘉浩県知事は31日の定例会見で「科学的根拠に基づき情報を発信していくべきだ。首相経験者の影響力は大きい。なぜそのようなことをされるのか」と苦言を呈す。宮城県も福島原発事故後、放射線量が比較的高い同県丸森町で健康影響確認検査を実施したが、甲状腺検査で事故による影響は認められなかったという。

原発事故時に放出する放射性ヨウ素はのどの甲状腺に沈着しやすく、がんを発症する恐れがある。ただ、環境省によれば、甲状腺がんには生涯にわたって健康に影響しない潜在がんも多いという。

福島県が今年1月までに公表した資料では、福島原発事故以降、子供を対象にした甲状腺検査の結果、計266人に甲状腺がんの疑いと診断された。ただ、甲状腺がんの増加についてUNSCEARの報告は県が高感度の超音波検査を採用したため、生涯発症しないがんをみつけた可能性を指摘した。

子供たちにとって甲状腺がんの手術はデメリットもある。手術痕が残りかねず、保険に加入しづらくなるなど、その後の人生に与える影響は小さくない。

福島県の甲状腺検査の実施を決めた民主党政権(当時)で中枢にいた細野豪志元環境相(自民党)は菅、小泉両氏らの行動について、「さらっと(書簡に)書くような軽い問題ではない。10年の経緯を知らずに科学的事実に反する行為はあまりに配慮がない」と指摘した上で、「菅氏は首相として(福島原発の被災者の)避難範囲を決めた当事者だ。当時の不適切な判断で甲状腺がんになるならば、本人の責任も大きい。自らの政治責任をどう考えているのか」と産経新聞の取材に語った。

甲状腺がんの過剰診断の問題などを取材する福島市のジャーナリスト、林智裕氏も産経新聞の取材に「福島はこうした冤罪(えんざい)による偏見と差別に苦しめられてきた。なぜ海外に偏見と差別を広げるのか。福島の住民にどうプラスになるのか」と菅、小泉両氏を非難し、こう疑問を呈した。

「あなた方は首相時代も、このように事実やデータ、専門家の意見を無視して自分たちの独断で国のかじ取りを行っていたのか」