アングル:植田総裁発言で市場動揺、政治と日銀の役割変化の思惑も

[東京 11日 ロイター] – 読売新聞による日銀の植田和男総裁へのインタビューで早期の政策修正思惑が浮上し、11日の東京市場は動揺した。市場では、植田総裁のタカ派的な発言の裏には8月の岸田文雄首相との会談を境に変化した政府の日銀政策への「期待感」があるのではないかとの見方が出ている。一方で、植田総裁の認識が変化したと判断するのは早いとの声もある。こうした中、日銀は共通担保オペ実施を発表、金利上昇をけん制する動きを見せた。

<政治との間合い変化の思惑>

植田総裁はインタビューで、来年の賃金を巡って、十分だと思える情報やデータが年末までにそろう可能性も「ゼロではない」と話した。マイナス金利解除について「解除後も物価目標の達成が可能と判断すれば、やる」とも述べた。

海外経済の下振れリスクや企業の価格設定を巡る不透明感など、経済・物価情勢を巡る不確実性が大きい状況で、植田総裁は物価の下振れリスクにも言及したが、市場はマイナス金利早期解除の思惑に飛びついた。

一連の植田総裁発言の真意はどこにあるのか。大和証券の岩下真理チーフマーケットエコノミストは、政治サイドへの重要なメッセージが込められているとみている。8月22日、植田総裁は岸田首相と会談したが、岩下氏は「為替動向について認識を共有したのではないか」と指摘。物価高対策の観点で、政府の日銀に対する期待が変化し「最も有効な円安対策として、金融政策の正常化を進めるとの考え方が強まった可能性がある」とみている。

この点に関して、ある与党幹部の側近も、物価安定への責任は日銀にあるとの認識を示し、「物価対策の本命は円安修正だ」と話している。

岩下氏は、7月会合以降の岸田首相と植田総裁の会談や原油高・円安、植田総裁のインタビューを受けて、政策修正の予想時期を変更。従来、2025年半ば以降としてきたマイナス金利の解除を24年4月に前倒しした。

来年1―3月期には今年度後半の物価の鈍化ペースや来年の春闘に向けた勢いが確認できることから、「早ければ来年1月の展望リポート発表時に物価の判断を修正する可能性がある」と指摘。来年4月に2%物価目標の達成を宣言して、マイナス金利解除に踏み切ると予想している。日銀が為替動向に配慮するなら「前倒しの政策修正となる可能性も念頭に置く必要がある」とする。

<植田総裁の見解変化に慎重な見方も>

植田総裁のインタビュー記事を受けて政策修正の予想時期を前倒しする動きが出る一方で、早期修正や植田総裁の見解の変化に慎重な見方も出ている。

三菱UFJモルガン・スタンレー証券の鶴田啓介シニア債券ストラテジストは、植田総裁のインタビューについて「マイナス金利解除を物価の見通しベースで判断することや、判断材料が出そろう時期について年末の可能性もゼロではないとした点は新しい」とする一方、マイナス金利の早期解除の「蓋然性が高まっているかどうかは今後慎重に考える必要がある」と話す。

SMBC日興証券の丸山義正チーフマーケットエコノミストも11日付のリポートで、植田総裁はリスクバランスが上振れ方向に変化したニュアンスを示す一方で、「同時に下振れリスクを引き続き重視するニュアンスも提示した」と指摘。「植田総裁の認識が変化したとの把握は早計」とコメントしている。

しかし、市場は政策修正の思惑から円高、株安、債券安で反応。思惑先行の動きが出る中で、日銀は午後に入って5年物共通担保オペを14日に実施すると発表し、金利上昇をけん制した。

三井住友トラスト・アセットマネジメントのシニアストラテジスト、稲留克俊氏は「金利上昇を止めるというよりも、上昇スピードを緩める狙いだ」と指摘する。

<審議委員も見解にばらつき>

8月30日から9月7日にかけて相次いで発言機会があった4人の日銀審議委員の間では、物価観やマイナス金利解除の仕方を巡って見解が大きく分かれた。

田村直樹審議委員は、物価目標は「はっきりと視界に捉えられる状況になった」とし、来年1-3月期には物価目標実現への「解像度が一段と上がる」と発言。中村豊明審議委員は中小企業の賃上げ原資確保につながる「稼ぐ力」の強化の進捗はなお不透明で、2%物価目標の達成に「確信を持てる状況には至っていない」とした。

日銀では見解のばらつきについて、経済や物価の不確実性が高い局面特有の現象との受け止めが出ている。マイナス金利の解除についても、解除の時期が近いなら委員ごとの解釈や発言も収れんしていくはずだとの見方が聞かれる。

市場では、今回の総裁インタビューをきっかけに「マーケットは物価目標達成を連想しやすい材料に今までより反応しやすくなるのではないか」(大手証券)との声も出ている。

(和田崇彦 取材協力:竹本能文、坂口茉莉子 編集:石田仁志)