- 高市氏の経済政策は説明難しい-「責任ある積極財政」印象に残らず
- 日本の債務むしろ少ないとの認識を受け入れることが出発点-会田氏

高市早苗首相の経済政策を指す「サナエノミクス」という言葉は、英語で言いにくいだけでなく、中身を理解するのがさらに難しい。
いわゆる「高市トレード」は市場の関心を集めているが、具体的に何をしようとしているのか誰かに説明を求めると、多くの場合は戸惑いが返ってくる。サナエノミクスはばらまき型の財政支出や、中央銀行の大規模金融緩和への回帰と誤解されがちだ。
「アベノミクス2.0」とは違う。安倍晋三元首相の「三本の矢」のような分かりやすさも、説得力のあるメッセージにも乏しい。「責任ある積極財政」というキャッチフレーズも印象に残りにくい。筆者自身、海外の読者に高市氏の構想を説明するのに苦労してきた。
そうした中で注目されるのが、クレディ・アグリコル証券の会田卓司チーフエコノミストの新著だ。会田氏は高市政権が設けた日本成長戦略会議にも加わっている。
これまでも国内で高市氏の経済観に関する書籍を何冊か刊行してきた同氏だが、「Sanaenomics: The Blueprint for Japan’s Economic Dominance」は海外読者に向けてその政策を説明した初の著書となる。今年出した「日本経済の勝算」の英訳本だ。
この本の良い点は、高市氏が何を、なぜ、どう実現させようとしているのかについて、より明確な理解を得られることだ。ただし、彼女の経済理論を理解するだけでなく、これまでの通説を捨てる必要がある。
まずは、日本の問題は債務が多過ぎることではなく、むしろ少な過ぎるという認識を受け入れることだ。会田氏の見立てでは、日本経済は自己実現的な予言に陥っている。一連の経済ショックで傷つき、将来的に成長を見込めないと考えた民間セクターは、投資ではなく貯蓄に資金を過剰に振り向けた。
政策当局はこうした動きを相殺できず、結果として停滞が続いた。問題の本質は1990年代初頭のバブル崩壊ではなく、97-98年の金融危機にある。この危機を受けて企業は貯蓄主体となり、コスト削減と債務圧縮を進めた。
政府は企業の投資不足を補うべき局面であったにもかかわらず、緊縮に転じて引き締めを行った。その結果、日本銀行の資金供給にもかかわらず、経済に資金が流入しない状況が長期化した。
高市氏は解決策として投資を掲げ、会田氏は需要が供給を上回る「高圧経済」の構築と政府による膠着(こうちゃく)打破を提案する。これは、年間約30兆円の追加投資を官民で行う構想だ。
この数字は恣意的ではなく、政府と企業の借り入れを合算した「ネットの資金需要」に基づく。企業が支出以上に貯蓄している現状では、政府が不足分を補い、総需要を拡大局面に押し上げる必要があるという。
「スイートスポット」
その有効性の根拠として挙げられるのが、新型コロナウイルス禍での財政支出の急増だ。迅速かつ大規模な政府投資により名目国内総生産(GDP)と税収はともに増加し、日本の純債務はむしろ減少した。人口動態が20年前より厳しい状況にあるにもかかわらず、この結果が得られた点は重要だ。問題は高齢化ではなく政策にあると会田氏は指摘する。「問題は悪い政策だ」と言う。
政府支出の拡大を解決策とする議論は目新しいものではないが、ここでの焦点は再分配ではなく成長投資にある。会田氏は、政府と民間が共同で出資する北海道の先端半導体工場ラピダスなど、市場任せにせず政府が積極的に関与するプロジェクトを例に挙げる。
「新自由主義は日本にとって有害だった」とし、中国が電気自動車(EV)や太陽光などで国家主導の育成策を進め、米国もデュアルユース(軍民両用)テクノロジーで巨額の公的支出を続ける中、日本はアクセルを緩めてきたと分析する。
さらに会田氏は、高市氏が行動を起こす条件がそろう「スイートスポット」が到来しているとも指摘。第一の条件が為替で、1ドル=160円に近い水準は海外より国内投資の競争力を高める。同氏は供給能力の拡大に伴い、円が将来的に上昇するとみている。
第二は労働力不足で、人材獲得競争が激化し賃金上昇を促している。第三は防衛投資に対する長年のタブーが終わりつつある点だ。米国防総省によるOpenAIやパランティア・テクノロジーズとの契約に見られるような人工知能(AI)時代の巨額支出を受け、防衛投資を考えることは再び主流になりつつある。
では日本の巨額債務はどうか。会田氏は、いわば「ガラパゴス的」な独自ルールを理由に、一般に言われるほど深刻ではないと指摘する。例えば、国債を60年で償還する仕組みがあるが、他の主要国は元本を国債借り換えで維持するのが一般的だ。また、日本は利払いを総額で計上するのに対し、米国は利子収入を差し引いたネットベースで報告する。
巨額の総債務ばかりに注目するのはバランスシートの片側だけの評価に過ぎず、日本の外貨準備や年金基金などの資産は他国を大きく上回る規模だ。企業部門の純債務がマイナスである点も特徴で、総合的にみれば、日本には追加的な支出余地があるとする。
もっとも、無制限の金融緩和に戻るわけではない。サナエノミクスは緩やかな利上げを受け入れ、アベノミクスの時期に主役だった日銀の役割を「補助的」と位置付ける。
ただし会田氏は、拙速な利上げには警鐘を鳴らし、緩やかなインフレと経済成長の双方を支える政策が必要だと主張する。
高市氏がこれらを実行に移せるかについて、筆者は懐疑的だ。財政状況を重視する官僚機構や国内メディア、海外投資家を前に、日本の債務を巡って新たな論点を構築できるだろうか。
企業や銀行の長年のリスク回避志向を転換できるのか。さらに、政府に資金配分を主導する知見があるのかも問われる。過去には破綻したエルピーダメモリの米企業への売却があり、現在もジャパンディスプレイの業績不振が続くなど、実績は必ずしも良好とは言えない。
しかし、貯蓄偏重やコスト削減志向という日本の傾向に焦点を絞っている点で、高市氏は少なくとも的を射ている。サナエノミクスという名称には改善の余地があるかもしれないが、成長戦略の枠組みとしては出発点になり得る。
(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Struggling With Sanaenomics? A New Book Helps: Gearoid Reidy (抜粋)