西村経済財政・再生相はきのうの記者会見で、新型コロナウイルスの専門家会議を廃止する方針を明らかにした。代わりに特措法に基づいて設置されている「対策閣僚会議」のもとにある有識者会議を改変し、感染症の専門家らによる分科会を新設するという。個人的には納得できる改変だ。この間、専門家会議の役割に腑に落ちない点が多かっただけに、当然の改変だと思う。問題は専門家会議ではない。最高責任者である安倍首相に進退をかけた責任感が欠落していた点にある。結果的に専門家会議は本来政治家が負うべき結果責任まで負わされたような気がする。法律に基づいた新しい体制のもとでは全ての責任を政府が負うことになる。

専門家会議が設置されたのは2月14日。新型ウイルスの感染が世界的に広がり、パンデミック懸念が強まっている最中である。だが、メンバーがどういう理由で選任されたのか、はっきりした説明はどこにもない。会議の位置付けも不明確のままだった。その後、議事録が作成されていないという問題点が指摘されながら、専門家会議が中心になって新型コロナ感染防止策が次々と打ち出されてきた。専門家会議の存在を権威づけたのは安倍首相だ。新型ウイルスに対する知見が乏しい首相は何かにつけ、「専門家の意見を聞いた上で判断する」と繰り返した。このことばが専門家会議に過重な責任を負わせる原因になった気がする。

専門家会議側にもそれなりの気負いがあったのだろう。接触機会の「8割削減」など、いま思えばとてつもなく大胆な方針が何の躊躇もなく打ち出された。「ロックダウン(都市封鎖)」は法律上できないが、それに相当する「8割削減」は首相の一言で実施できる。不思議の国・日本の不思議な実態だ。新型コロナウイルスは様々な問題を浮き彫りにしたが、その一つが「政治の責任」である。鈴木北海道知事や吉村大阪府知事は、法律的な根拠はないが「私の責任で実施する」と折りに触れて発言していた。この感覚が有権者の支持を得た。安倍首相はそこを専門家会議に押し付けた。一途に感染防止策を追求した専門家会議にとって、これは大きな誤算だったのではないだろうか。