バイデン大統領は28日夜(日本時間29日午前中)、就任後初めての施政方針演説を行った。この日はちょうど大統領に就任してから100日目。議会での演説も初めてで、1月6日に起きたトランプ派による議会襲撃事件で問われた民主主義の危機を逆手に取って「米国は再び動き出した。災難を可能性に、危機を機会に、後退から強さに転換させた」(ロイター)と米国の再出発を高らかに歌い上げた。コロナ対策で議場は長めにソーシャルディスタンスを確保、背後に副大統領と下院議長の女性二人が控えている。女性が二人並んでひな壇に座っているのも米憲政史上初めてのことだと米メディアは伝えている。議場全体に国民に訴えようとする政権の意図が、さりげなく配置されている。失点を避けながら目立たないように、それでいて強烈に政権の存在をアピールする。民主党らしい施政方針演説になっていた。

中身はミドルクラスと中国、さらには先制主義に立ち向かう民主主義の勝利が柱。グローバル化の進展で傷ついた米国民の中でも、とりわけ大きな痛手を負ったのがミドルクラス、いわゆる中間層である。トランプ前大統領の言葉を借りればラストベルト(錆びついた)地帯で苦悩する白人たちとでもいったところか。表現こそ違うものの、米国を支えてきた圧倒的に大多数の中間層である。黒人も白人も含め、この層の人たちはグローバル化によって空洞化した国内産業の痛手をモロに被った人たちだ。と同時に、有権者の大半を占めている。来年に予定されている中間選挙の結果を左右する人たちでもある。この層をターゲットにした政策が、外交にも財政にも経済政策にも反映される。トランプ大統領は一国主義と貿易での主導権確保、大幅減税によってミドルクラスの再生を果たそうとした。バイデン大統領は同じ目的ながら、手段を180度転換させた。

一国主義に対抗して協調路線を選択、減税には富裕層の増税で立ち向かう。中国に対する強行策は一緒だが、方法は価値観を同じくする西側陣営との協調による中国包囲網の結成。水と油のようなトランプ前大統領とバイデン大統領。政策路線も似て非なるものになっている。バイデン大統領は演説の最後を「民主主義は危機にある。民主主義がまだ機能していることを証明しなければならない」(日経web版)と訴えた。そのうえで、「専制主義国家が未来を勝ち取ることはない。米国は勝ち取る」(同)と力説した。多くの国民は総論として賛成だろう。メディアも受け入れやすい。法人と富裕層に対する増税、それを原資に家計をテコ入れする。個人的にも「いける案だ」と感じた。問題はオバマ政権の失敗をどうやって回避するかだ。総論はうっとりするほど魅力的だが、各論に突破力がないこと。世論の分断が深刻化する中で1年半後に控えた中間選挙までに結果を出せるか、時間との競争も避けられない。