政府の国家安全保障戦略などの改定に向け、自民党の安全保障調査会は敵のミサイル発射基地などを破壊する、いわゆる「敵基地攻撃能力」の名称について「反撃能力」に変更することを盛り込んだ政府への提言案を党の会合で示し、了承されました。

国家安全保障戦略など安全保障関連の3つの文書を年末までに改定する政府の方針を受けて、自民党の安全保障調査会は21日午後、党所属の議員を対象にした会合を開き、政府への提言案を示しました。

敵のミサイル発射基地などを破壊する、いわゆる「敵基地攻撃能力」の名称変更が焦点となっていましたが、弾道ミサイルなどに対処するための「反撃能力」とするよう政府に求めることを盛り込んでいます。

そのうえで、極(ごく)超音速滑空兵器変速軌道で飛しょうするミサイルなど、ミサイル技術の急速な進化で、迎撃だけでは日本を防衛しきれないおそれがあるとして「専守防衛」の考え方のもとで、こうした能力の保有を政府に求めています。

「反撃能力」の対象範囲はミサイル基地に限定せず、指揮統制機能なども含むとしています。

自民党の安全保障調査会長を務める小野寺元防衛大臣は記者団に対し「多くの国民は、日本が先制攻撃をするようなことを望んでいない。この国を守るために必要な能力を使うという意味で『反撃』ということばが1番ストレートに表現でき、国民や海外の人にもわかりやすく表現できる」と述べました。

“敵基地攻撃能力” これまでの議論は?

相手の基地を攻撃できる能力の保有について、政府はこれまで、ミサイルなどによる攻撃を防ぐのにほかに手段がないと認められる時にかぎり、法理論上、憲法が認める自衛の範囲に含まれ専守防衛の考えから逸脱せず、可能だとする考え方を示してきました。

昭和31年には、当時の鳩山総理大臣が国会で「座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨だとは考えられない」と答弁しています。

ただ、日米安全保障体制のもとでは一貫してアメリカが「矛」、日本が「盾」の役割を担い、日本として、相手の基地の攻撃を目的とした装備を持つことは考えていないと繰り返し説明してきました。

そうした中、おととし、新型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備断念をきっかけに、こうした能力の保有が改めて議論になりました。

自民党はおととし8月にミサイル防衛体制のあり方についてまとめた提言の中で、憲法の範囲内で、専守防衛の考えのもと、相手領域内でも弾道ミサイルなどを阻止する能力の保有を含め、早急に検討して結論を出すよう政府に求めました。

これに対し政府は、おととし12月に閣議決定したミサイル阻止に関する新たな方針の中で、こうした能力の保有には直接、触れず、「抑止力の強化について、引き続き政府において検討を行う」という表現にとどめました。

去年10月に発足した岸田政権は、敵基地攻撃能力の保有を含めて、あらゆる選択肢を排除せず検討し必要な防衛力を強化する方針を示しています。

これに関連して岸田総理大臣はことし1月の衆議院予算委員会で「少なくとも憲法や国際法、日米の基本的な役割分担は維持した中で、日本の安全保障を考えなければいけないのは当然だ。その範囲内で何ができるのか、具体的に考えていかなければならない。逸脱するような議論は行うつもりはない」と述べています。

国際情勢の急速な変化を背景に

政府が国家安全保障戦略などの改定作業を進める背景には、急速に変化する国際情勢があります。

中国は、国防費を増加させており、海警局の船による日本の領海への相次ぐ侵入など海洋進出を強めていて、東シナ海や南シナ海などで力を背景とした一方的な現状変更の試みを続けています。

北朝鮮は、核・ミサイル関連技術の開発を進め、ことしに入って、かつてない頻度で弾道ミサイルの発射を繰り返しているほか、核実験の再開など、さらに脅威を高める軍事行動に踏み切る可能性もあるとみて、日米韓などの関係各国が警戒しています。

ウクライナに軍事侵攻しているロシアは、日本周辺でも軍の活動を活発化させていて、艦艇による日本周辺の海峡の通過を繰り返しているほか、北方領土に配備された地対空ミサイルシステムの訓練を実施したり、日本海で巡航ミサイルの発射実験を行ったりしています。

専門家は意見分かれる

【拓殖大学 佐藤丙午教授「今の安全保障環境では合理的な判断」】

安全保障に詳しい拓殖大学の佐藤丙午教授は、いわゆる「敵基地攻撃能力」の保有について「『日本を攻撃するのは割が合わない』と相手が判断する程度の打撃力を持つことが抑止力につながり、今の安全保障環境を考えると相手の領域に入って対処しないと間に合わないケースがあると指摘される中、こうした能力を持つというのは非常に合理的な判断だ。侵略目的で使用しないかぎり、憲法解釈の上でも違和感はない」と話しています。

また、「日本では専守防衛という概念は相手が自国の領土に侵入したときに反撃を行うものだと限定的に捉えられているが、国際的には『前方での抑止』も含まれる。ウクライナの状況を見ても、相手に攻め込まれないための能力をどう構築するかが議論の焦点になるのは理解できる。ただ、『敵基地攻撃能力』からことばを言いかえても、相手の拠点や攻撃力に打撃を加えるという行為に変わりはなく、この能力を保有するにあたっては、国民に丁寧に説明していく必要があるだろう」と指摘しています。

そのうえで佐藤教授は「抑止の目的で保有すると主張しても、周辺国は自分たちを攻撃する能力を持つと受け止めるので、その矛盾が最大のジレンマになる。日本としては、情報公開を進めるとともに継続的な対話によって周辺国の懸念を緩和していくことが重要だ。また、日米同盟のもと、『盾』と『矛』の役割をどう分担するのかなど、安全保障そのものの議論を成熟させていくことが求められている」と話しています。

【流通経済大学 植村秀樹教授「防衛政策の原則から大きく踏み出す」】

安全保障に詳しい流通経済大学の植村秀樹教授は「憲法のもとで形づくられた専守防衛の考え方と、それに基づく防衛政策の原則から大きく踏み出すことになる。憲法を変えることに匹敵する大転換であり、しっかりとした議論と国民の理解や納得が必要で、慎重に行うべきだ」と話しています。

そして「北朝鮮のミサイルは移動式の発射台が使われるようになり、衛星写真から相手の軍事拠点を識別することも難しくなる中、単に射程が長いミサイルを持てば攻撃が可能になるというわけではない。技術面や運用面でも大きな問題を抱えることになる」と指摘しています。

また、こうした能力を持つことが抑止力につながるという考え方については「北朝鮮のミサイル開発はアメリカとの交渉力を高めるのがねらいで、日本が防衛力を強化しても開発をやめることはない。中国に対しても、抑止力としてほとんど機能しないのは同様で軍拡競争を招くだけだ」としたうえで、「反撃能力」への名称変更については、「国内向けの印象操作にすぎない。相手国は名前で判断するわけではないので、日本が自分たちに対し、攻撃する意思と能力を持ったとみるだろう」と指摘しています。

そのうえで、植村教授は「これだけの政策転換を浮き足だった状態で議論するのは非常に大きな問題であり、ウクライナ情勢を利用して短絡的に結論を導き出すようなことはせず、国民にしっかりと問いかけてほしい」と話していました。

“敵基地攻撃”にも使用可能か すでにミサイル導入も

防衛省は、いわゆる「敵基地攻撃」に使用できるとみられる装備品の導入をすでに決めています。

相手の脅威が及ぶ範囲の外から攻撃できる、「スタンド・オフ・ミサイル」と呼ばれるミサイルです。

導入が決まっているのは、射程がおよそ900キロとされるアメリカ製の「JASSM」と射程がおよそ500キロとされるノルウェー製の「JSM」で、いずれも戦闘機に搭載するタイプのミサイルです。

また、防衛省は、国産で開発を進めている陸上自衛隊の「12式地対艦誘導弾」について射程を大幅に伸ばし、護衛艦や戦闘機からも発射できる「スタンド・オフ・ミサイル」として開発することも決めています。

防衛省関係者によりますと、射程は「JASSM」を上回り、設計上は周辺国の沿岸部に届くものになる見込みです。

「スタンド・オフ・ミサイル」の導入について、防衛省は「隊員の安全を確保しつつ、相手の脅威の外から対処するためのもので、いわゆる『敵基地攻撃能力』の保有を目的としたものではない」と説明しています。

防衛費の増額も提言

一方、今回の提言案では、防衛費について、NATO=北大西洋条約機構の加盟国がGDP=国内総生産に対する割合で2%以上を目標にしていることも念頭に、日本も5年以内に防衛力を抜本的に強化するために必要な予算水準の達成を目指し、必要な防衛関係費を積み上げて、具体的な整備計画を作成するとしています。

日本の防衛費 かつてはGNP比1%枠も

日本の年度ごとの防衛費は、昭和51年に、GNP=国民総生産の1%に相当する額を超えないようにすることを閣議決定しましたが、10年後の昭和61年に1%枠を適用しないことを閣議決定し、昭和62年度、63年度、平成元年度は、3年連続で、対GNP比が1%を超えました。

その後は、1%を下回り、当初予算ベースでは、平成22年度に対GDP比の1%をわずかに上回りましたが、それ以外は、1%をやや下回る水準で推移しています。

今年度=令和4年度の当初予算の防衛費5兆4005億円の対GDP比はおよそ0.96%で、1%を下回っています。

ただ、防衛省は、昨年度=令和3年度の補正予算に、今年度の当初予算の概算要求に盛り込んでいた内容の一部を前倒しして計上していて、昨年度の補正予算と今年度の当初予算をあわせた防衛費は6兆1744億円で、対GDP比はおよそ1.09%になるとしています。

NATO 対GDP比2%以上を目標に

一方、NATO=北大西洋条約機構の加盟国は対GDP比2%以上を目標にしていて、今回の自民党の提言案では、日本も5年以内に防衛力を抜本的に強化するために必要な予算水準の達成を目指すとしています。

NATOの防衛費には沿岸警備の予算なども含まれていて、同じ基準で換算すると、日本の昨年度の当初予算と補正予算をあわせた防衛費は、対GDP比でおおむね1.24%になります。

各党の主張は

【敵基地攻撃能力について】

▽公明党は、ミサイル技術の進化によって「敵基地」の概念が変わってきており、実態を踏まえた名称を検討すべきだとしたうえで、保有については、今後、議論を深めるとしています。

▽立憲民主党は「専守防衛から逸脱するおそれがあるほか、アメリカ並みの打撃力がなければ抑止力としては機能しない」などとして、慎重な議論が必要だとしています。

▽日本維新の会は、一定の抑止力として、敵の領域内でミサイル発射などを阻止する「領域内阻止能力」を保有する必要があると訴えています。

▽国民民主党は「抑止力を高める意味で、相手領域内での迎撃、抑止能力は必要だ」として、議論を急ぐべきだとし、「敵基地攻撃能力」の名称の変更も主張しています。

▽共産党は「先制攻撃の可能性をはらむもので、認めれば大変な『軍拡』になり、きっぱりやめるべきだ。これまで政府が唱えてきた専守防衛にも反する」として、強く反対しています。

▽れいわ新選組は「保有すれば、日本が戦闘行為を準備していると見られる。周辺情勢を緊迫化させ、日本を危機に立たせる愚策だ」と批判しています。

【防衛費の増額について】

▽公明党は、日本を取り巻く国際情勢の変化に応じて議論は必要だとする一方、需要の大きい社会保障や教育の費用も重視すべきだとして、直ちに増額することには慎重な姿勢を示しています。

▽立憲民主党は「周辺の安全保障環境が厳しさを増す中、必要な防衛力は着実に整備すべきだが、防衛費の額は数字ありきではなく、議論の積み上げが必要だ」と主張しています。

▽日本維新の会は、核保有国による侵略のリスクが現実に存在し、自衛力の抜本的な見直しを行うべきだとして、対GDP比2%にとどまらず、必要な予算を充てるべきだとしています。

▽国民民主党は、北朝鮮の新型ミサイルの発射などの新たな脅威に対応していく必要があるとして、防衛費の拡充は不可欠だと主張しています。

▽共産党は「対GDP比2%への増額は、現在の防衛費を倍増させることとなり、国民生活にも大きな犠牲を強いることになる。憲法9条を持つ国として到底許されない」としています。

▽れいわ新選組は「日本は、防衛装備品をアメリカ政府から直接、調達する契約方法がコスト増の温床となっており、防衛費の増額を訴える前に、見直しを図るべきだ」と主張しています。

政府 参院選後に本格的な議論へ

このほか、提言案では、地域情勢について、中国を力を背景とした一方的な現状変更の試みを継続していることなどから「重大な脅威」とし、北朝鮮はことしに入ってからかつてないペースでミサイル発射実験を繰り返しているなどとして「より重大かつ差し迫った脅威」としています。ウクライナへの軍事侵攻を続けているロシアについては「現実的な脅威」としました。

このほか、防衛装備品の輸出を一定の条件のもとで認める「防衛装備移転三原則」についてウクライナのような侵攻を受けている国に対し、幅広い分野の装備の移転を可能とする制度のあり方について検討するよう求めています。

安全保障関連の3文書については、アメリカを参考に「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」と体系を見直し、いずれも対象期間をおおむね10年間としたうえで、国際情勢の変化なども踏まえつつ、期間中でも随時見直しを行うとしています。

自民党は、取りまとめた提言を、来週にも政府に提出するとともに、夏の参議院選挙の公約に盛り込む方針です。

政府は、自民党の提言なども踏まえ、国家安全保障戦略などを年末までに改定することにしていますが、自民・公明両党との調整も含め、本格的な議論は参議院選挙のあとになる見通しです。