藤井聡太6冠がついに名人位を獲得した。これまでの最年少記録は谷川浩司17世名人が持つ「21歳2カ月」。藤井新名人は「20歳10カ月」で到達した。これまでの記録を約4カ月更新したことになる。天才、神童、神がかり、どんな言葉も彼の強さを的確に表現できない。マスメディアの解説記事に答えがあった。藤井少年は小学4年生の時に、“将来の夢”として「名人をこえたい」と書いたというのだ。なるほど、これだ、これが彼の強さの秘訣だ。コンピューターソフトを活用する新名人は、どんな対局でも冷静、沈着に最善手を指し続ける。その指して手はまるでコンピュータ並だ。渡辺名人も強い。次から次と最善手、最強攻手を繰り出す。第5局も終盤までは渡辺名人がリードしていた。決着をつける終盤にきて名人はコンピューターが予想する最善手を外す。これで流れは一気に藤井6冠へ向かう。まさに紙一重。この小さくて大きすぎる一手の違いはなんだろうか?「名人をこえたい」、この心意気ではないか。

「名人をこえたい」、有名になったこの発言の経緯を朝日新聞デジタルが記事にしている。新名人が幼少期に通った愛知県瀬戸市の「ふみもと子供将棋教室」。「5歳の時、藤井は祖母に贈られた盤駒で将棋と出会った。すぐに没頭し、もっと強くなりたいと願い、自宅に近い『ふみもと』に通うようになった」という。教室を卒業する日、主宰者である文本力雄さんは藤井少年に告げた。「聡太、名人をめざすなら応援しない。名人の上をめざすなら、応援する」。恥ずかしがり屋の少年は黙って聞いていた。数カ月後、藤井少年は期待の新星として地元のFMラジオに出演した。その際、力強く語った。「名人をこえたいです」。ここに最年少記録を更新して新名人になった藤井棋士の強さの秘訣と、型破りな将棋人生の原点があるような気がする。名人を超えたい少年がコンピューターに出会い、コンピューターを超える“読み”で将棋を指すようになった。そして新名人は時代の最先端を駆け抜けようとしている。

将棋も囲碁もすでにコンピューターが人間の頭脳を上回っている。たしか2016年の初め頃だったと思う。当時、囲碁の世界チャンピョンだった韓国のプロ棋士が、英国のソフトメーカーが開発したプログラムソフトと真剣勝負を行ったことがある。結果は3勝1敗でコンピューターの勝ち。将棋ソフトはこの時点ですでにプロ棋士より強かったと思う。あれから7年が経過した。「チャットGPT」の登場で第2のAIブームが起こっている。検索機能が指数関数的に進歩したのだ。将棋ソフトと違うのは、こちらは人類の未来を破壊する可能性もあることだ。人間を殺せとプログラミングされたソフトを、人間並に進歩したロボットに組み込めば、第3次世界大戦のハルマゲドンどころではない。人類そのものが滅亡するかもしれない。AIソフト全盛の時代にコンピューターを使って名人超えを目指す藤井新名人の活躍は、将棋の世界だけでなく人類の未来を先取りしているのかもしれない。