構内視察ツアーに注目集まる。双葉町では大手企業がホテル建設も

堀江政嗣

2011年に起きた福島第一原子力発電所事故の被災地を訪れる観光客が増えている。放射線量が一定基準を超え、人が住めないともされたエリアに、にぎわいが戻りつつある。貢献しているのは、皮肉にも地域に被害をもたらした福島第一原発そのものだ。

  3月半ば、福島県双葉町を南北に縦断する国道6号をトラックやダンプカーなどの工事車両に混じり、大型の観光バスが走っていた。周囲には津波で流されたさら地が広がり、除染作業に伴う通行止めの看板が点在するなど、災害の爪痕も目に留まる。

  周辺自治体に出された避難指示が段階的に解除される中、被災地を巡るパックツアーが注目を集めている。中でも福島第一原発への関心は高い。重大事故を起こした世界の原発の中ではチョルノービリ(チェルノブイリ)があるウクライナはロシアとの戦時下にあるほか、米スリーマイル島(ペンシルベニア州)はツアー客を受け入れていない。福島第一原発は構内を一般の観光客も見学できる施設として海外からも多くの人が訪れる。

  ツアーでは、原発近くの集合場所からバスで向かう。入退域管理施設でIDパスとポータブル線量計を貸与され、厳重な本人確認作業を経て構内に入る。別のバスに乗り換えて構内を進むと、目に付くのは所狭しと設置されたタンクだ。東京電力ホールディングス(HD)では廃炉作業を進めており、その過程で生じる処理水などを貯蔵するためのものだという。

  ツアーのハイライトである「ブルーデッキ」と呼ばれる高台でバスから降り、タラップを上がると1-4号機が眼前に広がる。100メートルほどの距離で、原子炉建屋の下で働く作業員の姿がはっきり確認できる。車内と比べ屋外の線量計では放射線量が上昇したが健康に問題はない水準といい、参加者は防護服に着替える必要はなく私服のままだ。

福島第一原子力発電所ツアーのハイライトである「ブルーデッキ」(福島県大熊町、3月)Photographer: Fred Mery/Bloomberg
屋外では線量計の放射線量が上昇したが健康に問題はない水準というPhotographer: Fred Mery/Bloomberg
処理水などを貯蔵する所狭しと設置されたタンクPhotographer: Fred Mery/Bloomberg
ツアーを終えて施設を離れる観光バスPhotographer: Fred Mery/Bloomberg

自分の目で

  5ー6号機とともに水素爆発を起こさなかった2号機のみ外壁に青と白の模様があるのが分かる。波しぶきを表現した絵柄でもともとは1-4号機に共通するデザインだったという。残りの3つはカバーで覆われているが、それぞれ形状が違い、3号機にはかまぼこ型の屋根が置かれている。廃炉作業の段階に合わせた対応が取られていると、東電の担当者からは説明があった。

  福島第一原発では炉心溶融(メルトダウン)に至った3基の底に約880トンの冷え固まった溶融燃料(デブリ)が残されている。廃炉や除染作業と賠償には数十兆円規模の費用が見込まれ、今世紀半ばまで続く長期事業だ。また、施設から出る廃棄物の最終処分についてはなお長期的な道筋が定まっていない。

  「大きいなあ」。間近に原子炉建屋を見た岩手県滝沢市の高橋享孝さん(62)は率直な感想を口にした。「一度自分の目で見てみたい」と参加した高橋さんは、廃炉作業の規模感や各建屋の形状の違いなど現地に来なければ分からないことも多く、「満足」だったと話した。

  東京電力HDによると、福島第一原発への年間視察者は新型コロナウイルス禍で落ち込んだものの、その後急回復して24年に2万542人と過去最高を更新した。国内観光地で年間2万人の集客は決して多いといえないが、長年にわたり避難指示が出され、定住人口がまだ少ない周辺地域に賑わいを戻すきっかけとするには十分な規模だ。

  福島県が県内390の観光地やイベントなどへの観光客数を調べたところ、原発周辺の12市町村で構成する相双地区への訪問は、24年に震災前の10年とほぼ同水準まで回復した。今年以降に集客が見込める大型施設の開業が予定されており、震災前の水準に戻る可能性が高まっている。県内ではいわきや南会津など震災前から30%前後の大幅減が続く地区もあり、健闘しているといえる。

希望のツーリズム

  福島県内だけで4181人が死亡(避難生活での体調悪化や過労など関連死を含む)、10万戸以上が全半壊して最大16万人超が地元を離れた避難生活を余儀なくされた複合災害の痕跡を見ることに人々が引かれるのは、「ダークツーリズム」への世界的な関心の高まりと軌を一にする。

  ダークツーリズムは過去の悲惨な戦争や災害などの跡地を巡って学びを得ることを目的としている。ナチス・ドイツによりユダヤ人が大量虐殺されたポーランドのアウシュビッツ収容所はその代表例だ。

  航空・旅行アナリストで帝京大学理工学部非常勤講師の鳥海高太朗氏は、悲しい出来事があった現場を「自分の目で確かめた上で、考えをまとめるという意味が非常に強い」と指摘。楽しむための旅行と違い「勉強」の意味合いが濃いという。

  福島県では前向きな意味合いを込めて「ホープ(希望の)ツーリズム」という言葉を用い、スタディーツアーのプログラムを実施している。阪急交通社やクラブツーリズムなど大手旅行会社もツアーを催行しており、個人での参加も可能だ。

被災者の慰霊碑の前で海の方向を見る訪問者(福島県浪江町、3月)Photographer: Fred Mery/Bloomberg

  福島県観光物産交流協会の高橋良司氏によると、被災自治体にも配慮してホープツーリズムでは学びの要素があり、行き先が決まっている団体のパックツアーが主だ。原発構内に入るツアーは処理水の海洋放出が実施された23年8月以降、旅行会社向けの枠をつくるなどして門戸を広げたという。

  震災から15年がたち、原発を取り巻く環境は大きく変わった。東京電力HDは今年1月、柏崎刈羽原発6号機を再稼働した。同社にとって事故後初の原発再稼働となる。電力需給の逼迫(ひっぱく)を背景に政府が原発活用にかじを切り、事故の記憶も徐々に風化する中、ホープツーリズムへの関心は今後も高まりそうだ。

ホテル開発

  宿泊施設を整備する動きも出ており、観光地としてのインフラ整備も少しずつ進む。JR双葉駅から車で約5分の海沿いの地区では、6月に「FUTATABI FUTABA FUKUSHIMA」の営業が始まる予定だ。

  大和ハウス工業の子会社、大和ライフネクストが手掛ける同ホテルは、98の客室に会議室なども備え、総事業費は約50億円。海が見渡せる最上階の浴場やサウナを売りにする。町域の大部分がいまだ「帰還困難区域」とされ、定住人口が200人程度にとどまる双葉町としては異例の規模で、観光による活性化への期待の高さを示している。

  ホープツーリズムや周辺の国際的な研究機関などで安定した来訪者基盤があることを前提に、稼働率60%前後で中期的な黒字化を目指す。

オープンを控える福島県復興祈念公園(手前)と、奥に東日本大震災・原子力災害伝承館(中央)、FUTATABI FUTABA FUKUSHIMAホテル(右)(福島県双葉町、3月)Photographer: Fred Mery/Bloomberg
FUTATABI FUTABA FUKUSHIMAホテルの浴場から見る景色(福島県双葉町、3月)Photographer: Fred Mery/Bloomberg

 練生川裕一総支配人(41)によると、宿泊施設が少ない地域の現状を踏まえ、人流を増やしたいとの思いからカンファレンス主体だったコンセプトを変え、今は海外からも含めた観光客をメインターゲットとしている。自然豊かでここにしかない景色を生かし、「個人の観光客に瞑想や自分を見つめ直す」時間を持ってもらおうと「リトリート(隠れ家、癒やしの場)」型のホテルと位置付けた。

  双葉町では、北海道の企業が牧場併設の滞在型リゾート施設の建設を計画しているとも福島民友が報じている。施設には引退した競走馬を管理する牧場やショップ、飲食店、宿泊施設を備える予定で29年の開業を目指して調整を進めているという。

明るい面と暗い面

  大和ハウス系のホテルの近くでは「福島県復興祈念公園」も開園を予定する。東京ドーム約10個分の広大な敷地にできる施設で献花や交流のための広場のほか、震災前後の地域の集落の面影を残した空間も整備、被害を後世に伝える。このほか災害関連の資料を展示する「東日本大震災・原子力災害伝承館」や、福島県唯一の震災遺構である請戸小学校なども周辺にある。

  和歌山県の大学生、島綾音さん(22)は、友人2人との1泊2日の旅行の中で3月18日に請戸小を訪れた。津波に飲まれた当時の姿を残す校舎を見て「衝撃を受けて胸がいっぱいになった」と話す。

  請戸小では教職員らの機転で生徒を近くの山に迅速に避難させ、全員無事だった。幼稚園の先生を目指しているという島さんは命を預かる立場として、冷静な判断に学ぶべきものがあると話した。その一方、前日は会津地方や郡山市周辺で「思い切り遊んだ。明るい部分と暗い部分の両方」を知る旅だったという。

福島県唯一の震災遺構である請戸小学校(福島県浪江町、3月)Photographer: Fred Mery/Bloomberg
震災被害の面影が残されているPhotographer: Fred Mery/Bloomberg

広島や沖縄

  JTBを昨年定年退職した佐伯克己さん(60)は、法人向けに福島第一原発視察ツアーコーディネートを手掛ける会社を立ち上げた。企業のほか、防災関係の学会や全国の原発立地自治体などに需要があると見込む。料金は往復の交通費を除き2泊3日で約5万円程度を想定する。

  原発構内に入れるツアーがあることはまだあまり知られておらず、「中に入れるんですかと驚かれることが多い」という。潜在的な関心の高さを感じており、インフラ整備など課題はあるものの将来的には原爆ドームや平和記念資料館がある広島と比較し得るほどのポテンシャルがあるとみている。

  一方、英ランカシャー大学は、ダークツーリズムは死や死者がどう商品化され、消費されているのかという点でしばしば議論を呼ぶと指摘している。

  航空・旅行アナリストの鳥海氏は、国内のダークツーリズムの主な行き先である広島や沖縄が戦後80年以上の時間がたって他の観光やグルメスポットもあるのに対し、福島は「生活が戻っておらず、まだ進行形の部分がある」点で異なると指摘。原発周辺地域はもともと観光地ではない上、災害関連以外の見所もそれほど多くなく観光地として普及するには乗り越えるべき課題もあるとした。
  
  福島第一原発の立地自治体の一つである双葉町の伊沢史朗町長は、最初は誰もが被災地を見てみたいとう思いで訪れるが、実際に現地に来て過去に何が起きて現状がどうなっているかを理解できれば、「単なる物見遊山ではなくなる」と指摘する。伊沢氏は取材に対する書面での回答で、町の現状を多くの人に知ってもらうことが町の復興を進めるための大きな原動力になるとして多くの人に双葉町にきてもらい、現状を発信してもらいたいと述べた。

焼きそば、海鮮丼

  ただ、単に楽しむことを目的とした訪問も増え、周辺の娯楽施設や飲食店などの賑わいも徐々に戻りつつあるようだ。「道の駅なみえ」(浪江町)はその代表格だ。

  ポケモンをモチーフとした「ラッキー公園」があるほか、サッカー日本代表の専属シェフだった西芳照氏を総料理長に迎えた飲食も充実。ハンバーグやカレーなど洋食のほか、地元名物の「なみえ焼そば」、地元漁港で水揚げされた「請戸もの」と呼ばれる海産物を用いた海鮮丼などを提供する。

  渡辺友二駅長(65)によると、ホープツーリズムの団体客のほか、週末には都内や仙台方面からも大勢の観光客が訪れ、インバウンドの外国人観光客の姿も目立つ。全館オープンした21年当初は年間40万人だった利用客は昨年は60万人まで増え、今年はさらに増えると見込む。全国の道の駅でも利用客は多い部類に入るという。

  富岡町の実家が津波で流されたという渡辺さんは物見遊山で訪れる観光客に当初は「引っかかる気持ちがあった」と明かす。しかし、今では「ここにきて自分の目でみてもらうのが大事」と前向きに捉えているという。

道の駅なみえの公園(福島県浪江町、3月)Photographer: Fred Mery/Bloomberg
レストエリアだったマリーンハウスふたばの前には新しく植えられた木々が広がる(福島県双葉町、3月)Photographer: Fred Mery/Bloomberg
帰還困難区域のゲート(福島県双葉町、3月)Photographer: Fred Mery/Bloomberg
福島第一原発が遠くに見える海岸では旅行中の家族が散歩していた(福島県浪江町、3月)Photographer: Fred Mery/Bloomberg

  浪江町在住の八島妃彩(60)さんも、道の駅ができてから地元への観光客が増えたと実感している。八島さんは震災や原発事故の体験を語り継ぐ「語り部」として紙芝居の活動を続けているが、最近は伝承館での定期開催以外に修学旅行などで個別に上演を依頼される機会も増えたという。

  浪江町でも震災後6年以上にわたり全町的な避難指示が出され、八島さんも仮設住宅などで避難生活を余儀なくされた。今も町域の約8割が帰還困難区域に指定されている。八島さんは自宅が無事で帰還を果たしたが、さまざまな事情で故郷に戻れない知人も多い。そうした人たちの中には街の急速な変化に「置いてけぼりにされた感じ、自分の街じゃなくなっていく」と複雑な気持ちを抱く人もいるという。

  震災と原発事故の体験を忘れてほしくないという気持ちから紙芝居を続けているが、自身は観光客が増えることに抵抗はないという。今後、娯楽イベントなどでも「お呼びが掛かれば参加したい」と話した。