健全財政派は、一体何がそんなに不安なのだろうか。筆者が常々疑問に思っているのは、憲法や現行財政法が施行された昭和22年当時に比べ、日本国が保有する富は想像を絶する勢いで増大したという事実である。それにもかかわらず、世界有数の資産大国となったこの国の住民たちの多くは、今なお貧困に喘いでいる。手取り給与は物価の上昇に追いつかず、実質賃金はここ数年、マイナスを記録する年が続いている。
まず、国家の資産状況(国富)を見てみよう。財政法が施行された昭和22年当時、政府はどのくらいの資産を持っていたのか。敗戦直後の混乱や、新円切り替えに伴うハイパーインフレなど、経済環境が現在とはまったく異なるため、厳密な比較は困難だ。あくまでイメージとしての比較として見ていただきたい。
1947年(昭和22年度)の一般会計予算(当初予算+補正)の決算額は、約2,142億円であった。会計検査院の報告書によれば、当時の国有財産は約700億円。つまり、当時の政府資産は「国家予算の約3分の1」に過ぎなかったのである。
これに対して2026年度予算は122兆円(当初予算)。政府の総資産は、財務省のデータ(2024年3月末現在)によると約783兆円に達している。予算対比で見れば、昭和22年当時は予算の約33%だった資産規模が、現代では予算の6倍から7倍にまで膨れ上がっている。当時の政府がいかに資産に乏しく、苦しい財政運営を強いられていたかが分かるだろう。
こうした時代に施行された新しい財政法が「健全財政主義」をベースにしたことは理解できる。当時の国民が「節約」という意識を共有したのも歴史の必然だった。しかし、時は流れた。今なおその当時の価値観を押し付けることが、果たして正しいのだろうか。
次に、この間の実質賃金の動きを概観する
戦後、高度経済成長を続けた日本において、実質賃金は1990年代半ばまで緩やかに上昇していた。高度成長期から安定成長期に移行した後も、賃金は実質的に増え続けていたのである。そして1996年から1997年にかけて、日本の実質賃金・名目賃金はピークを迎えた。
しかし、バブル崩壊後の1990年代に入ると、日本は混乱と波乱の時代、すなわち「デフレ時代」に突入する。製品価格は下がり、工場は賃金の安い海外へ移転した。ものづくり大国・日本の生産現場である「工場の空洞化」が始まったのである。
企業は生き残るために人件費を抑制し、非正規雇用の割合が急激に増加した。税収が伸び悩む政府は、消費税の導入で財政不足を補填する道を選択した。物価は上がり、賃金は下がる。この結果、実質賃金は明確なマイナス基調が常態化した。2022年から2024年にかけては、実に26ヶ月連続マイナスという過去最長の記録を樹立した。年によってプラスになることもあったが、トレンドは常にマイナス。国民の意識の中にも「給料は上がらない」という停滞感が根付いてしまったのである。
この間、政府は何をやっていたのか。ひたすら消費税を引き上げたのである。1989年4月に税率3%で導入された消費税は、1997年4月に5%へ引き上げられた。その後も2014年に8%、2019年には10%へと引き上げられている。デフレ脱却には減税が不可避であったはずなのに、政府はまったく逆の「増税」という道を選び続けた。
結果は言うまでもない。「経済大国」と呼ばれた日本は、GDPで中国に抜かれ、2023年にはドイツに抜かれ、2026年中にはインドに抜かれて第5位に転落すると予測されている。一人当たりの名目GDPに至っては、円安の影響もあり、世界ランキングで25位から35位にまで後退した。まるで坂道を転げ落ちるようなこの転落ぶりを、我々はいつまで傍観し続ければいいのだろう。
GDPの「世界3位から5位への転落」は、単なる数字遊びではない。国家の購買力と国民の生活水準が、世界の中ではっきりと相対化されている証左である」と考えていいのではないか。日本の経済的転落は止まるのだろうか。(続く)