国連安全保障理事会の経済制裁下で外貨獲得に苦しむ北朝鮮にとって、中国漁船への漁業権売却が貴重な外貨獲得源となっていることが、対北朝鮮制裁決議の履行を監視する北朝鮮制裁委員会の専門家パネルの年次報告書で明らかになった。中朝国境地帯の中国側の複数の漁業関係者は読売新聞の取材に、漁業権売却が制裁対象と明記された2017年12月以降も売買は横行していると証言した。

 ◆「証拠残さない」

 1月下旬、丹東近郊を訪れると、中国と北朝鮮の間を流れる鴨緑江河口付近の港に、中国と北朝鮮の双方の国旗を掲げた漁船2隻が係留されていた。地元住民によると、いずれも渤海や黄海といった近海で操業する漁船で、海が荒れる真冬は漁に出ていないという。

 2隻が漁業権を北朝鮮から購入した船かどうかは不明だが、漁業権売買に詳しい関係者によると、北朝鮮の漁業権を購入した中国漁船は、北朝鮮漁船を装うため北朝鮮国旗を掲げるのが一般的という。

 この関係者によると、北朝鮮側が売買を持ちかけるのは主に、北朝鮮東部・元山(ウォンサン)沖の日本海でのイカ漁と、西側の黄海での近海漁業の権利だ。北朝鮮側が中国の仲介業者に提示する漁業権売却の値段は、日本海側であれば6~11月の1漁期当たり1隻約5万ドル(約545万円)、黄海は1か月当たり1隻約5000ドル(約54万5000円)が相場という。17年12月に国連安保理の追加制裁決議で漁業権売買が明確に禁止される前は正式な契約書も交わされていたが、昨年からは「証拠を残さないよう口頭での取引になった」という。

 特に日本海のイカ漁は、中国の禁漁期とも重なる6~9月が最盛期とされ、昨年も、北朝鮮と国境を接する遼寧省のほか、福建省や浙江省、山東省からも、多くの船が仲介業者を通して漁業権を買って漁に出たという。

 丹東はその漁業権取引の主要な舞台だ。北朝鮮当局の水産部門担当者が丹東を訪れ、仲介業者と漁業権売却のやりとりをする。仲介業者から北朝鮮側への支払いは、中国当局の監視を避けるため、両替が必要な米ドルを使わず、主に人民元でなされるという。

 ◆イカを乱獲

 漁業権を購入した中国漁船が北朝鮮周辺海域で操業する際、北朝鮮漁船は自国海域から追い出されているとの見方が強い。日本政府関係者は「追い出された北朝鮮漁船が、より沖合の日本の排他的経済水域(EEZ)内にまで出て違法操業をするようになった」と指摘する。日本海の能登半島沖の好漁場「大和(やまと)堆たい」周辺では17年以降、大量の北朝鮮漁船が押し寄せてイカを乱獲し、すでに深刻な問題となっている。