• プログラムは独自回路をパソコンにつなぎ作動-20年度中の実用化へ
  • JPモルガンやゴールドマンは量子コンピューターの応用を模索

通貨や株式の売買に超高速計算機を応用しようとする動きが活発化している。膨大な情報を処理できる量子コンピューターの実用化を前に、東芝は量子理論にヒントを得た方程式を活用した為替取引の仕組みを金融機関へ売り込む。

  東芝は昨秋、量子理論を生かした「シミュレーテッド分岐マシン」を開発した。方程式を用いたプログラムは、独自回路を一般のパソコンにつないで作動させる。東芝デジタルソリューションズの綿引賢氏によると、2020年度中の事業化へ向け複数の金融機関に協業を打診中だ。米国では関連特許を出願している。

  次世代技術である量子コンピューターの基本原理で、情報の最小単位を示す「量子ビット」単位で考えられる計算方法の一つを既存のコンピューター技術に当てはめた。科学専門誌サイエンス・アドバンシズは昨年4月、為替の裁定取引などに応用できる組み合わせ最適化では、東芝の計算機が理論的に量子コンピューターの速度をしのぐと認めた。

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東芝は為替取引で「超高速計算機」を実証へ

  東芝は実験で8通貨間の裁定取引で30マイクロ(マイクロは100万分の1)秒内に9割以上の確率で利益を最大化できる組み合わせを発見できたという。リアルタイムの取引価格を反映した実証実験を有償で行う準備を3月までに整える予定だ。

  ただ、東芝の為替取引での計算機の実証はこれから。百戦錬磨の高速取引(HFT)業者が電子取引システムにつないで使っている技術に、実際に勝てるかどうかは未知数だ。

  国際決済銀行(BIS)が3年に1度実施する調査によると、16年の為替市場ではコンピュータープログラム(アルゴリズム)を採用した自動売買が1日平均売買代金5兆670億ドルの約7割を占めた。利益追求にはより高速な計算が求められる。

  米グーグルは昨年、量子コンピューターが既存のコンピューターの性能を超えるという「量子超越性」を世界で初めて証明したと発表した。実用化のめどは立っていないが、金融機関は量子コンピューターの開発と応用に期待している。  

  米JPモルガン・チェースは昨年7月にIBMと量子コンピューターでオプションの将来価値をシミュレーションする方法を考案ゴールドマン・サックス・グループも昨年末、ニューヨーク本社で量子コンピューティングのリード・リサーチャーを公募した。

「今すぐ使える」

  自らも量子コンピューターの開発を手掛ける東芝は、実用化までの間を埋める手段として、既存のコンピューターを活用した計算機を金融業界に売り込む。株式ポートフォリオの最適化などにも応用できるとみている。

  東芝の計算機は量子コンピューターと違い冷却装置も必要なく、デモ機はタクシーに乗せられる大きさ。東芝研究開発センターの辰村光介主任研究員は、コストにも優位性があり「今すぐ使えるのがセールスポイント」という。後藤隼人主任研究員は、他社が同様の技術を応用しようとしても1年ほど進んでいると話した。

  三井住友銀行で副頭取を務めた東芝の車谷暢昭会長兼最高経営責任者(CEO)は、金融分野での活用に最適との認識を示した上で、開発投資も半導体や原子力より少ないと説明。「収益がものすごく大きいマーケット」であるため海外の投資銀行との協業もあり得ると述べた。

開発競争

  量子コンピューターはグーグルのほか、カナダのディー・ウェーブ・システムズなどが開発を進めている。国内ではNECも昨年12月に本格参入を表明。NTTや富士通、日立製作所も関連研究を行っている。

  野村証券は東北大学と共同で、18年からディー・ウェーブのマシンを使いポートフォリオ最適化と株価予測の実証実験を始めている。

  野村アセットマネジメント資産運用先端技術研究部の阿部真也シニアクオンツアナリストは、量子コンピューターに、画像データや異業種データなど従来、金融業界で使われてこなかったデータを学習させ株価リターン予測する試みを行っていると語った。

  量子コンピューターについて、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーの竹田一幸部長は、「実用段階までまだそれなりの時間がかかる」と予測。従来のコンピューターと併用し必要な計算部分を量子コンピューターで行うといった将来像を描いているという。